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暗闇の中に響く微かな息遣い。
己の呼吸音が耳の奥で響いていた。
何が起きたのかよく分からなかった。
気づくと痛みで顔が歪んだ。
お腹のあたりに手をやるとヌルリと生温かいものに触れる。
(あぁ・・・・死ぬんだ)
そう思った。
でも不思議と怖くない。
むしろ幸せすら感じた。
「・・・・・・・・」
途切れかける意識の中で、思い描くのは大好きな人の姿。
父に受け入れられず。
母に疎まれ。
家にすてられた。
誰も自分を見てくれなかった。
ここに生きているのに気づいてくれなかった。
だから、ずっと寂しかった。
でも彼だけが気づいてくれた。
ずっと一緒にいてくれた。
もう一度会いたい。
今はただ、会いたい。
それだけ。
「つ・・・・な・・・・・・・・」
最後に見たのは薄く射し込む青白い月明かり。
もう大好きな人に会うことはできないのだと、頭のどこかで分かっていた。
「――――・・・・」
何かを掴もうと宙に伸ばされた右手。
弱々しく力を失い床に落ちた。
ゆっくりと閉じてゆく瞼。
その瞼から零れた涙が静かに頬を滑り落ちる。
――――若君。
最後に見たのは、優しく笑いかける彼の姿だった。
外にあった数人の足音は走り去り、再び静けさがあたりを包んだ。
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