第一章 消えた姫君

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泰親(やすちか)は束ねた長い黒髪をなびかせながら、冷静な声でいった。 晴時は口を尖らせながら後頭部をさすった。 「む。この匂いは」 強烈な薬の匂いがして、伸基(のぶもと)が鼻をひくつかせた。 戻ってきた種臣が、晴時の前に白湯を置いた。 「何コレ」 キツい匂いに少しのけ反りながら晴時(はるとき)が聞いた。 「薬湯ですよ。風邪の引きはじめにはよく効きます。飲んでおきなさい」 「え、やだ。いらない」 飲むのを拒むように晴時が薬湯の注がれた湯呑みを押し返す。 飲みたくないと子供のように嫌がるのを見て、やれやれと種臣(たねおみ)は苦笑いする。 「良薬口に苦し、と言うだろう。コレを飲めば風邪など一発で治る」 「わっ、オッサンやめろって」 薬湯の杯を掴んで飲めと押しつける伸基と、その手を押し返して必死に抵抗する晴時が、揉み合うようにして小さな戦いを繰り広げていたまさに、その時―――― 「!!」 四人が一斉に何かに反応し、動きを止めた。 静まりかえる室内。 微かに風の音がする。 辺りに漂う気配は先程までとは、明らかに異なる。 種臣は探るように耳をそばだて、注意深く回りを見る。 雲が流れ、室内に月明かりが射し込む。 (何か・・・・) 遠くの方からかすかに音がした。 あまりに小さな音で何の音かわからない。 種臣は縁側に出ると、音のする方向を探るように左右へと視線をさまよわせる。 「笛・・・・?」 「御所なんだし、誰かが笛を吹いてるだけだろ?」 同じように縁側に出た晴時が、そう言った。 確かに風流を好む殿上人(てんじょうびと)ならば、笛ぐらい吹いていてもおかしくない。 おかしくない、のだが。。。
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