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舞台の幕が上がるように、ぱっちりと目が醒めた。
部屋は薄暗く、カーテンのすき間からやわらかい朝日が漏れている。布団の中は温かくて、けれどその日差しに誘われるように、そっと冷たい床に素足をおろした。
忍び足で窓辺によって、ほんの少しだけカーテンを引く。予想していた目を刺すような光はなくて、ぼんやり光る生まれたての青空が広がっている。
あの日みたいだと思った。警察にお世話になって、初めて朝帰りをした日。おじさんの後ろをとぼとぼ歩いて、地面に貼ったガムテープをはがして、そうして初めて〝叔父さん〟ではない彼と会った日。
「早いな」
背後から声が掛かった。熱い手が伸びてきて、ヘソの前で閉じた両手に囲われる。途端に駆け巡った甘いしびれを悟られるのがはずかしくって、おれはあわてて、その拘束から抜け出した。
「ちょっと、目が覚めて」
取り繕うように笑えば、おじさんは逃げられたと大げさに嘆いた。どうせからかわれているだけだから、これは無視して大丈夫。と、ふいにおじさんは真剣な顔になる。
「十夜」
その、と開かれた口からどんな言葉が出てくるか察して、あわてて首を縦に振った。もうそれだけで、昨日のあれそれを思い出してしまっていたたまれない。恥ずかしい。だ、だいじょうぶですから、とどもりながらも伝えつつ、早足でリビングに逃げる。朝飯、なにがいいですか。作りますから、おじさんは顔洗ってきたらどうですか。顔を上げないまま、それだけを並べ立てる。ええっと、まず湯を沸かして、それから卵を
「十夜、いいよいいよ。ぼくがやる」
「え、でも」
「今日くらい、やらせてくれ」
それから、と後を追いかけてきたおじさんは、おれの手からケトルを奪い取りながら、おれの耳元に口を寄せた。
「名前」
今は、叔父さんじゃないから。
低い声でそう言われて、そのままリビングから追い出された。耳を押さえたまま、おれは台所から聞こえてくる卵の焼ける音をぼうっと聞いて、それから我に返って、その場にしゃがみこんだ。
胸が破裂しそうに痛い。どうやら夢じゃなさそうだ。
「十夜ー卵どうする?」
卵焼き? 目玉焼き? のんびりした声が聞こえてきて、おれは一度だけ目元をぬぐうと、立ち上がった。
「お……シキ、さんの、好きな方で」
夢みたいな現実は、まだ始まったばかりだ。
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