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さあ、この日がやってきた。
赤いヒゲ男に緑のクリーチャー、黄色の一つ目ピンクの悪魔、あいだを埋める黒い人人人。ナイターのような街灯の白が、安っぽいマントをてらてらと光らせる。すえたゲロが鼻に付く、あまいチューハイ、排水溝にたまるカラフルなゴミ、人、くつ、髪の毛、悲鳴、いや歓声? 明るい。明るい。夜って、こんなに明るいものだったっけ。すれ違った猫娘の、マスカラのダマがよく見える。そうか、夜ってあかるいんだな。じゃあもう昼なんかいらないな。
「十夜、飲みすぎだ」
右手首をひっぱられる。世界がぐわんと揺れる。白い光が千歳飴みたいににゅんと伸びる。たたらを踏む。落ちかけた腰を支える手の熱いこと、あついこと
「大丈夫か、おい」
閉じかけたまぶたを開けて、目の前の人の顔らしきものがどうにもかすんで見えないから、俺は涙をしぼり出すためにぎゅっとつよく目を閉じた。やっとこ捕らえたのは見慣れた、濃い眉にさえないメガネ、その奥の眼球がじつはうっすら灰色がかっているの、彼女さんは知ってんのかな。
ねえ、おじさん
「帰るぞ」
ようやく二十歳だからって、はめ外しすぎだ、半径かた腕の距離でため息をつくおじさんの声は、おれたちを避けて流れつづける人波をつたっては集まって、よく聞こえた。耳穴に口をつけられてしゃべられてるみたい。耳の後ろから、首を前を通って、胸、みぞおち、そうしてヘソまで、ぞわりとした何かが降りてくる。そんなバカな。いや、もしかして、そうなのかも。だってこんなに近くに、おじさんがいる。
悪魔の羽が視界のすみで揺れた。そうだ、だって今日はハロウィン、なにが起きてもおかしくない日。天使も悪魔も神も化物も入り混じってさわぐ奇跡の日。だからこれはちょっとタイミングが合ってしまって、ちょっと距離が近すぎただけで、とくに意味のない、事故なんだ
く、と首をそらして、すこし腰をうかせて、そうして計算通りに手に入ってしまったくちびるのやわらかさを、俺は一生覚えていようと醒めてしまった頭で思った。
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