10月の霹靂

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「で、なんであんなことしたの」  取調室は満室だったから、廊下のすみに並べられたパイプ椅子に座って、おれはペタペタするスリッパのつま先を見ていた。すこし肌寒い。  向かい合って座る警官は若く、けれどつかれた顔をしていた。きっちり止めたワイシャツの第一ボタンがほつれかけている。だれかに掴まれたのかな、もしかしておれが? いや、そんな記憶はないけど 「聞いてる?」  カチ、カチ、カチ、と、プラスチックのぶつかる音。ボールペンとバインダーがリズミカルにゆれて、おもちゃみたいな音はビニールクロス張りの廊下によくひびく。 「すんません」 「ごめんじゃなくて、理由をきいてんだけどなぁ」 「理由」 「排水溝に手当たり次第にガムテープ貼ったの、おまえだろ」  ああ、そのこと、なんて腑に落ちて思わず声をあげたら、おまえ、少しは取り繕えよなんて防弾チョッキの上から声が言うもんだから、びっくりしてまじまじと、くたびれたさえない男の顔をのぞきこんでしまった。 「おにーさん、不良警官ってやつですか?」 「おまえがバカすぎんだ、バカ」  たいそう真剣な目でバカと言われてしまった。バカ呼ばわりは慣れているけど、こんなに同情されながら言われたのは初めてかもしれない。 「だって、じゃあなんていえばいいんすか。あ、証拠。証拠あるんですか証拠」 「ばっちりあんに決まってんだろ」  青色のバインダーをくるりと回して突きつけられたのは、ゴミまみれのアスファルトに座りこんで、銀色の格子にガムテープを貼り付ける俺の姿だ。下の紙には目撃者の証言とか書いてあるし、一枚めくると俺の写真をアップしたSNSの投稿がでるわでるわ、うっかりちょっと有名人になってしまっている。 「や、ちがうんですよ、これ、実はCG。いや合成? どっきり? みたいな」 「いやもうおまえ最初に認めちゃってるから」  さっさと理由吐いて、ごめんなさいして、したら迎え呼ぶから、と警官は面倒そうに言いながら、ボールペンのノック部分でこめかみをかいた。その姿がおじさんそっくりで、思わず目をそらした。
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