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「じゃあ身分証だして連絡先書いて。明日中に全部はがしてくれれば、今回はそれでいいから」
「はい」
保健室の先生みたいな言い方に、おれは小学生のような返事をして、差し出された紙に名前と住所を書いた。
「ゴミがな、捨てられないならな」
探るようにそっと、警官の声がした。緊急連絡先は迷ったけど、結局おじさんの携帯番号を書いた。空欄をつくるとおにーさんを困らせそうで、優しいおにーさんを困らせるのはイヤだった。
「誰かにあずけるといいんじゃないか」
おれは顔をあげた。おにーさんは手元のバインダーを見て、けれどボールペンは全然動いていなかった。
「あずける」
「うん。あげるとかでもいいのかな。どうするかは相手に任せる、とか」
「ゴミは、あげらんないでしょ」
ポケットの中のティッシュをこねながら、おれは笑った。
「おまえにとっちゃあゴミでも、相手にとってみればさ、ゴミじゃないかもしんないだろ」
おにーさんは不思議なことを言った。意味が分かんなくておにーさんを凝視していると、へんな空気が漂った。急に大きくため息をついたおにーさんが、ボールペンを持ったまま頭をかきむしった。どうやら慰められていたらしい、とそこで気づいて、とたんに尻を筆で撫でられているような、気恥ずかしさがおそってきた。
「あの、でも、そうかな」
「ま、分からんけどね」
書いた? と聞かれ反射で紙をつき出す。目を細めて読んだあと、よし、とおにーさんはわざとらしく声に出した。
「あの、おにーさん」
「ん?」
「ありがとう、ございます」
むずむずがピークに達しながらもおれはがんばってお礼をした。おにーさんはちょっと驚いてから、ちゃんとガムテープはがせよと笑った。そこに青い制服を着たおっちゃんが駆け込んできた。おにーさんになにか耳打ちすると、おにーさんはにやりとおれを見た。
「お迎えだ」
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