10月の霹靂

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 おじさんと一緒に折れるくらいお辞儀をして、堅苦しい建物を出た。とっくに朝日はのぼっていて、けれど町はまだ動き始めていなかった。藍色の空にかあ、と鳴いたカラスの羽ばたきが聞こえて、生きてるカラスをうまれてはじめて見たような不思議な気分になった。  車の通らない信号を律儀にまって、青い影をふみながら歩くおじさんの背中を、おれは追いかけた。おじさんは署を出てから一言もしゃべらず、背中をまるめてすたすた歩いた。どんなに離れても止まりも振り返りもしないから、いっそこのまま消えちゃおうか、とも思ったけれど、音のないこの町で今おじさんとはぐれたら、二度と帰ってこられない気がしてしまって、結局小ガモみたいにひたむきに、振り返らない背中を追った。  突然、おじさんは道端にしゃがみ込んだ。三歩はなれた距離を保って付いてきたおれは、おんなじ距離ほどはなれた所で止まって、けれどおじさんの手が排水溝をふさぐガムテープに触れていると気づいてすぐに駆け寄った。 「やります」  おじさんは何も言わず、深爪の指先で何回もガムテープの端をめくろうとこすっている。こまかな砂が、おじさんの皮とコンクリートとの間でこすれて音になる。 「やるってば」  いらだって、隣にしゃがみ込み、肩をつかっておじさんを押しのける。それでもおじさんはどかないので、あきらめてテープの反対側を攻めることにした。おじさんより幾分か長い俺のツメは簡単にガムテープをめくりあげ、とっかかりをつかんで一気にひっぱれば、テープはあっさり剥がれた。ほら、おれの方がうまく、早くはがせるじゃん、そんな気分でおじさんをみたら、おじさんは手を止めてぴくりとも動かずに重なったガムテープを見つめていた。 「おまえ、うちを出るか」  アラフォーに届かないはずのおじさんの声は、百年出してなかったみたいにしわがれていた。心臓がゆっくり凍っていく痛みから目をそらしたくて、おれはガムテープの方を向いたまま、その声にきざまれたのシワの深さを見つめようとした。
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