4月の恋

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 家電はすべて、十夜にあげることにした。こっちの都合での引っ越しだし、学生の身には、たとえ新生活セットの安いやつでも痛い出費だろうし、古くなっていたけれど、十夜も就職したら新しいのを買うだろう。  幸い、条件のいい物件が見つかって、とんとん拍子に転居の準備は進んでいった。セットで買った皿を分け、タオルを分け、自室の荷物を段ボールに詰める。仕事でも引き継ぎ資料を作ったり、あいさつ回りに出かけたり、送迎会に顔を出したりと、慌ただしい日々をなんとかこなして、あっという間に引っ越し当日になった。 「じゃあ、これで」  搬出が終わって、がらんどうになった自室を軽く掃除して、最後に私物が残っていないかチェックして、ぼくはちいさなリュックひとつで玄関に立った。 「わるいけど、鍵の引き渡し頼むな」  引っ越し先の都合で、十夜の方が後に出ることになっていた。なにもないぼくの部屋ほどではないけれど、十夜の部屋もそれなりに片付いてきている。  十夜は黙ってうなづいた。いつも少ない口数はさらに少なくなっていたけれど、だけど、取り乱す様子も、ましてや涙ぐむ様子もなかった。安心するような、少しだけ、ちょっとだけ悔しいような、そんな気持ちを押し込める。もう関係ないことだ。 「なんか手伝えることあったら言ってな」  その言葉に、十夜はすこしだけ表情を動かした。 「おれより、自分の体の心配してください」  仕事も忙しい上に、引っ越しもなんて、最近、ほとんど休んでないじゃないですか。  かすかに眉をしかめる十夜は、本当に優しいと思う。やさしい子だ。ぼくとは大違い。 「ありがと」 「気を付けて」  そうしてぼくは、五年ちょっと住んだマンションを後にした。三月にしては寒い午後で、かたい枝先の桜のつぼみが、北風に大きくなびいていた。
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