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「あ、きたきた」
ちょっとご無沙汰じゃないー、浮気? なんて口をとがらせる増井を無視して、リヨコさんからおしぼりを受け取る。
引き継ぎを終えて、新しい業務にもなんとなく慣れてきて、十夜の居ない暮らしが当たり前になった四月の終わり間際、売り上げに貢献しなさいよ、という脅迫メールを受けて、ぼくは久しぶりになじみの居酒屋に顔を出した。まだひと月も経っていないのに、なんだか懐かしいのはきっと、電車での来店が初めてだからだろう。
「シキさーん、お誕生日おめでとうごさいます!」
いつも通りのメニューを頼んで、二杯目のビールを飲み終えるころ、突然クラッカーが鳴った、と思ったら、エナちゃんが出てきた。手には、ちいさなケーキを持っている。
「うわ、びっくりした。え、なに?」
「お誕生日、ですよね今日。店長から頼まれて」
ふふ、とはにかむ笑顔は陰りもなく、元気そうだ。
「この間、すごくお世話になったので」
あたしも、ナツオも。そういうエナちゃんの後ろには、よく似た面差しの青年が立っている。
「先日は、お世話に……というか、ご迷惑をおかけしました」
「いやいや、ぼくは何も」
頭をさげる青年に、ぼくもつられて頭を下げた。ちょっと、なに主役に頭下げさせてるの、とエナちゃんが彼の頭をはたく。いってえ、なにすんだよ、と眉を下げる二人は仲が良さそうだ。大間知双子が仲たがいしたと聞いていたけど、無事丸く収まったようで安心した。
同時に思いつく。二人がここにいるということは、もしかして。
「あ、十夜は今日いませんよ」
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