4月の恋

4/10
前へ
/100ページ
次へ
 なんか、用事があるらしくって。  心を読んだかのようなタイミングでエナちゃんが言う。 「そ、そっか」 「代わりに、手紙あずかってます」  はい、と渡されたのは、何の変哲もないアイボリーの封筒だった。名刺サイズのそれは、手紙というよりメッセージカードか。気を遣わせたな、と申し訳なく思う。誕生日ってことは忘れてなかったけれど、祝われる事だってことを忘れていた。  封もされていないそれからカードを取り出す。裏返して、すこしへたくそな文字を読む。 「わるい、ちょっと、急用」  ぼくは立ち上がった。あわててコートを羽織りながら、内ポケットの財布をさぐる。 「今日はおごりでいいわよ」  この間のお礼。だから、早く行きなさい。  増井はできの悪い子どもを見守るような目をしていた。なんだそれ、きもち悪い。でも今はありがたい。  お礼だけ言って、ぼくは店を飛び出した。まだ宵の口で、駅前にはこれから飲みに行くのであろうスーツ姿の集団や、ふくらんだビニール袋を提げて速足で歩く人々やらが、ぴかぴか光る商店街を縦横無尽に歩いている。その間を縫うように、何人かは不格好にぶつかりながら、謝りながら、十夜のカードだけ手にもって、ぼくは走り続けた。 『お誕生日おめでとうございます。伝えたいことがあります。もし、よかったら、来てください』  書かれていたのはよくよく見慣れた、この三月まで住んでいたマンションの部屋番号だった。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

144人が本棚に入れています
本棚に追加