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なんか、用事があるらしくって。
心を読んだかのようなタイミングでエナちゃんが言う。
「そ、そっか」
「代わりに、手紙あずかってます」
はい、と渡されたのは、何の変哲もないアイボリーの封筒だった。名刺サイズのそれは、手紙というよりメッセージカードか。気を遣わせたな、と申し訳なく思う。誕生日ってことは忘れてなかったけれど、祝われる事だってことを忘れていた。
封もされていないそれからカードを取り出す。裏返して、すこしへたくそな文字を読む。
「わるい、ちょっと、急用」
ぼくは立ち上がった。あわててコートを羽織りながら、内ポケットの財布をさぐる。
「今日はおごりでいいわよ」
この間のお礼。だから、早く行きなさい。
増井はできの悪い子どもを見守るような目をしていた。なんだそれ、きもち悪い。でも今はありがたい。
お礼だけ言って、ぼくは店を飛び出した。まだ宵の口で、駅前にはこれから飲みに行くのであろうスーツ姿の集団や、ふくらんだビニール袋を提げて速足で歩く人々やらが、ぴかぴか光る商店街を縦横無尽に歩いている。その間を縫うように、何人かは不格好にぶつかりながら、謝りながら、十夜のカードだけ手にもって、ぼくは走り続けた。
『お誕生日おめでとうございます。伝えたいことがあります。もし、よかったら、来てください』
書かれていたのはよくよく見慣れた、この三月まで住んでいたマンションの部屋番号だった。
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