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「朝起きるたびに、おじさんの部屋の扉が開くんじゃないか、って思って、家出るときに自分でカギかけるのに慣れなくて、夜ごはん、多く作りすぎて。食材は食べきれなくて腐るし、洗濯物、溜めすぎて臭くなるし」
だめだめでした、と苦く笑う。
「これが、その、恋とか、愛とか、そんななのか、おれには分からないんです。正直。わかることは、おじさんがいないとダメだってことで、それだけはたった一ヶ月でも、ほんとに、いやんなるくらい、分かって」
目のふちギリギリまで溜まった透明な涙がきれいで、おもわず指を伸ばした。人差し指でなぞると、決壊して落ちたしずくはぼくの指に絡んで、あたたかい。
「だから、あの、前に嫌って言ったの、撤回してもいいですか」
まだ、間に合いますか?
十夜はうつむいた。その拍子に、反対の目からしずくが落ちた。カーペットが黒くシミになる。
「ぼくは、十夜が大事だ。その気持ちに変わりはない」
でも、と続ける。
「ぼくは、きみにキスがしたい。それ以上もしたい。ぼくの好きは、そういう好きだよ」
それでもいい? 自分でも驚くほど、冷たくて低い声だった。十夜は体をゆらして、心の薄暗い部分が満たされるのがわかった。いじめすぎたな、と反省する。
「ごめん、言いすぎた」
「いいです」
かぶせるように、早口が返ってきた。
「あ、えっと、そっちじゃなくて」
耳が赤い。よくみたら、首も、頬も、全部真っ赤だ。
ぼくは手を伸ばした。手は、振り払われずに受け入れられた。余すところなく見つめたくて、頬に手を添えて上をむかせて、ついでに唇にキスをする。
十夜は、逃げなかった。
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