211人が本棚に入れています
本棚に追加
/71ページ
「ふぅ……」
枯れ葉が落ちる季節。外は薄暗く、纏う空気を変えてきている。
肩を豪快に回しながら、清心は会社を出た。凝り固まった筋肉をほぐそうとすると鈍い音が鳴るし、二十半ばでこの倦怠感は焦りを覚える。
外回りをこなし、残業をこなしてもボーナスは微々たるものだ。今年は親の仕送り以外貯金に回そうか、等と考えていた。
清心は自身が同性愛者であることを家族に伝えていない。一生伝える気はなかった。傷つけることが分かりきっているし、伝えたところで何かが解決するとは思えないから。
話してしまった方が楽だし、話したら分かってくれるんじゃないか。そんな妄想なら四桁近くした。
けどその度に、アウティングしたことで親と関係を絶つことになった知り合い達を思い出す。外国に比べてまだまだ日本は偏見が多い。絶対的に受け入れられない、という人達がいるのも仕方ないと思えた。
倫理的なものはもちろん、子孫を残せないという危機感。一番恐ろしいのは、異性愛者が自身を同性愛者だと勘違いしてしまうことだろう。
同性愛者で溢れてしまえば世界はいずれ滅びる。ち少し仲の良い同性の友人ができただけで、それを“恋慕”だと錯覚してしまう。
ただ自分は、そんな何百年先か分からないことの心配をする気はない。自分が死んだ後のことより、明日をどう生き抜くかが重要だからだ。
今日は疲れたな……。
腕時計を見るともうすぐ十時になろうとしていたが、今日は白露に会う気分じゃなかった。
こんな疲れた顔で会いに行ったら彼も気を遣って疲れてしまう……。
途中自販機で缶コーヒーを買い、帰路についた。見慣れたというより見飽きた住宅街、静かな公園、虫の鳴く音。なにか一つでも変化を見つけようと、無意識に目が動く。
白露と出会ってから、ちょっとやそっとのことじゃ驚かなくなった。それと同時に、大きな感動もしなくなった。だから刺激を欲している。
あんなにも愛おしい少年。なのに彼の顔も思い出せない。けど心はずっと、彼を求めている。
「……ん」
家の目の前の十字路に差し掛かったとき、思わず足を止めた。
特になにか見つけたわけではないが、思い出したことがあった。
最初のコメントを投稿しよう!