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さっきまで自分が踊っていた舞台がひどくちっぽけなものに見えた。差し出された酒が美味しく感じる。音が鼓膜に透き通る。
皆が皆、楽しんでいる。
誰も自分のことなんて気にしてないと分かったとき、俺はまたここに来ることができる、と思った。
それから自分の殻を脱ぎ捨てた。
同性愛者としての人生が始まった。
大嫌いだった自分を受け入れ、他人の価値観を認める。それが最初の目標。それに沿って積極的に声を掛けに行った。
だから今夜も同じだ。自分という人間の顔を思い出す。忘れかけていた、誰も知らない本性を。
「……!」
ライトが明滅する店の中を見渡す。そのとき気になったのは、右手の端で佇んでいる青年。ただ周りを見てるなら特に何とも思わなかったが、彼は俯いていた。
…………。
チケットを切って酒代を払った後、席を立った。足は自然とその青年の方へ向かっていく。目の前に立ってみると清心よりだいぶ背が低く小柄だった為、屈んで顔を覗き込んだ。
「大丈夫? 具合悪いの?」
煩いミュージックに負けないぐらいの声で、でもできるだけ優しい声で訊ねると彼はゆっくりと顔を上げた。
まだ若い。自分と歳は変わらなそうだ。艶のある黒髪と白い肌で、目を奪われるほど端麗な容姿をしていた。
下心を持って話しかけたわけじゃないのに、胸の中で小さな火が揺らめく。
もっと傍で彼の顔を見てみたいという欲求に動かされる。それに加え、不思議に想うことがあった。
彼とは、どこかで会った気がする。
「……大丈夫です。ちょっとボーッとしてただけなんで」
青年は何とも気のない返事を返した。初めて見る顔だったから確認してみると、やはりこの店は来たのは初めてらしい。というより、ゲイバー自体が初めてだと言う。
知り合いに連れてこられたのはいいが、場に馴染めず取り残されていたらしい。昔の自分と重なって懐かしい気持ちになった。
「しょうがないよ。こういう所は特に、合う合わないがあるし。俺も最初はビビったけど、何回も来るうちに慣れちゃったんだ」
「……そうなんですか?」
すぐに頷くと、彼はようやく笑った。
「匡く~ん! あ、悠も一緒にいる!」
「あれ。翔真」
二人で話してると、何故か翔真が手を振ってやってきた。彼の隣には、またひとり、知らない青年が立っていた。
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