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「悠、もう匡くん捕まえたんだ? 相変わらずメンクイだな」
「ち、違うって! 顔色悪いからちょっと心配になって……!」
あらぬ誤解をされた為、必死に事情を説明した。
翔真の隣に佇む青年は、それを聞いて申し訳なさそうに謝った。どうやら清心が話し掛けた青年の友人らしいが、翔真と意気投合した結果、彼を放置して飲みまくっていたらしい。
「匡、せっかくだから話付き合ってもらえよ。すいませんお兄さん、こいついつもボーッとしてるけど……悪いやつじゃないんで」
「あ、うん。大丈夫だよ」
そう言うと安心したのか、青年は翔真と一緒にどこかへ行ってしまった。付き合う、というより面倒を見るよう任された気がするのは……考え過ぎだろうか。
しかし本当に、視線がどこへ向いてんのか分からない青年だ。
彼の名は匡といった。歳は俺と同じ二十五歳。出身は違うが、育った場所はかなり近かった。
高校を卒業したあと就職したが、失敗続きですぐ退職。その後はバイトを転々として何とか生きてると言う。
確かに、言っちゃ悪いが無気力な様子が目立つ。人を見た目で判断するのは間違ってるけど、上の空の彼に重要な仕事を任せる気には……ちょっとなれない。
常にボーッとして、普通に歩いていても転びそうになる。焦点が合ってない。何か精神疾患でもあるんじゃないかと思い、それとなく触れてみた。
すると予想外に、病院に行っても何ともないと診断されたらしい。
「唯一診断されたのは健忘です。部分的だけど……昔の記憶がなくなってるんです。中学生のときが一番ひどくて、全然思い出せません。他もちょっと微妙なところなんですけど……多分、何か忘れたいことがあったんでしょうね」
彼の話を聴くために店を出て、夜風に当たる。
記憶がないなんて言われたら、思わず白露のことを思い出した。とても不安なことだと思う。けど彼はそれすら余所行きな態度で、淡々と説明した。
「俺、生きてる気がしないんです。まるでフィルター越しに、他人の人生を見てる気分なんです。朝には起きて、バイト行って、パチンコして。そんな一日のビデオを見てる。誰かとキスするときも、どこかの誰かが勝手にやってること、みたいな。……変ですよね」
変だ。
けど、そんなことは言えなかった。世の中色んな人がいる。自分も普通とは言い難い人種だから。
「……大丈夫だよ。何か夢でも見てるみたいなんだろ。目が覚めればハッキリするんだけどね」
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