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記憶のノートを破り捨てられたような感覚だ。中学はもちろん、高校の記憶すら自信がなくなってきた。どんどん端っこから消えている。所属していた部活、先生の名前、友達の顔がぼやけていく。恐ろしくて悪寒が走った。
忘れたくない……。
嬉しいことも悲しいことも忘れたら「自分」じゃなくなる。強い人間なら記憶が無くなっても自分らしさを維持できるのかもしれないけど、あいにくそこまで強くない。
怖かった。アイデンティティを失うこと。それは死と同義。
中学のときに、それを目の当たりにしている。
自分をさらけ出したが故に自分を失った少年を────清心は知っていた。
『知ってる? あいつ男に興味ある、ホモだって。自分で言ってたらしい』
あれは中学二年のときだ。同学年で、ひとりの男子生徒が同性愛者だという噂が広まった。
彼は自分でそう告げてしまったらしい。きっと心の許せる相手に話したんだろうけど、悲しいことにその相手は誰かに言いふらしてしまったようだ。
噂は瞬く間に広がり、彼は教室でも廊下でもバイ菌扱いされた。
清心はまったく関わりのないクラスだった為、実際どのような目に合っていたかは知らない。だが内心は戦慄していた。
自分も彼と同じ同性愛者だ。もしそれを知られたら、今持っているもの全てを失うことになる。絶対に知られてはいけない。死ぬ気で隠そうと心に誓った。
彼は「自分らしさ」を伝えた為に、自分を失った。
個性を殺して、日陰に生きることを強いられた。
間違ってるのは苛めた生徒達だ。彼は誰かに迷惑をかけた訳じゃない。それでも抗えない、覆らない絶対的な力の差。正義が勝つなんて、所詮は漫画の中だけだということを知った。
人を苛めるのは罪悪感の乏しさ故か。はたまた享楽か、自己防衛か……理由はいくらでも思いつくが、少年を庇う者はいなかった。
そして中学三年生のとき。清心のところにも、他人事じゃない事件が起きる。
同性愛者だとバレたわけじゃない。しかしそのときの自分にとってはとても厄介な出来事だった。
『秦城!』
明るい声で自分の名を呼ぶ、当時一番の親友だった少年。
彼が好きだった。けどあの日、あのときは素直に喜べなかった。
『俺、秦城のことが好きなんだ』
生まれて初めてされた告白。それは異性ではなく同性から。
それも大好きな存在だった。これだけなら夢のような話だったのに。
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