30 10月の宴 21【塚本】

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30 10月の宴 21【塚本】

 文化祭一日目の午前中、塚本は友人たちとテキトーに時間を潰していた。  最初は間違いなく一人だった。  何をするでもなくうろついていると瞳子を連れた安達に見つかり、気づいたら仲井がいて、ついさきほど黒見が加わった所だ。  この人数で移動することにいささかの不毛感を覚えながらも、強いて嫌がる理由もないので、 一行の輪から出ることもしなかった。  人とは実に流動的で、いつまでも一箇所に落ち着いていない。  会話も然りだ。  無言で友人たちの会話に耳を傾けていると、色々な方向に飛んでいっては結局同じ場所に戻ってくる。  わざとやっているのか、それとも無意識なのか。  どちらにしても興味深い。 「塚本は?」  急用を思いついたらしい仲井がいなくなった集団の中で、何やら黒見が意見を求めてきた。  しかし、その黒見の声は、当の塚本の耳は届いていなかった。  今の塚本には、そんな質問に思考を巡らせている余裕がなくなっていた。  塚本の動きは、ジッと一点を見つめたまま止まっている。  不審に思った友人たちが塚本の視線の先を見やった。 「おっ、なっちゃんだ」  校庭に立ち並ぶ模擬店と賑わう人々の中から、塚本の動きを止めたものを最初に見つけたのは安達だった。  塚本が目を奪われる人物など、瀬口以外にはいないだろう。 「あれ」  見つけて思わず弾んだ声を上げたが、すぐにトーンは下がった。  それは、塚本の動きが止まったのと同じ理由だった。  瀬口の横には、見知らぬ少年が立っている。  私服だが明らかに高校生で、瀬口より頭半分ほど背が高い。  そして何より、瀬口とやけに親しそうに話しをしている。 「隣の奴、誰?」  全員が同じ疑問を抱いたらしく、安達の呟きに「さぁ?」という空気が流れる。 「他校生だな。知ってる? 塚本」 「いや」  瀬口から視線を外すことなく、塚本は黒見の質問に短く答えた。 「浮気かもよー」  助長するように言った瞳子が楽しそうに笑う。  ただ話をしていた、というだけで、いちいちそんな心配などしていられない。  瀬口に関わる全ての人間に、そんな疑いを抱くなんて馬鹿馬鹿しい。  それに、瀬口が浮気などできる性格でない事くらい分かっている。 「友達、だろ」  文化祭は一般公開しているのだから、塚本の知らない友人が来ていても全く不思議ではない。  と、何でもない事のように言った直後、少年があまりにも自然に瀬口の頭に手を置いた。  それに対して、不満な表情を見せながらも、瀬口は本気で嫌がっているようには見えない。  たったそれだけの事で、まるで自分の領域を侵されたような感覚に襲われる。  例えば、安達や黒見たちが瀬口に同じことをしても、いい気はしないがこんな気分にはならない。  相手が何者なのか分からないだけで、胸に渦巻く感情が濁っていく。  自分の知らない誰か。  もしかしたら、塚本より近しいかもしれない存在。  一言で言うなら、不愉快だ。 「塚本?」 「お前、かなり機嫌悪くない?」  友人二人がやや引き気味に覗き込んでくる。 「…そうか?」  と訊き返した声が重い。 「悪い。つーか、怖い」  安達が怯えを含んだような表情で指摘する。 「そんなに気になるんなら、誰なのか聞きに行こうよ」  やけに弾んだ声でそう提案してきたのは瞳子だ。  言われなくてもそのつもりだった塚本は、上の空で「ああ」と答える。 「ほらほら、そんなに怖い顔すんなって。なっちゃんに嫌われちゃうぞ」  「……」 「イヤ、冗談だから。睨むなって」  黒見がヘラリと笑って洒落にならない事を言うので無言でいたら、素で怯えられていた。  堪らなく不愉快なのは事実だが、睨んでいるつもりはない。  友人たちに当り散らす気などなくても、繕うだけの余裕がなかった。  軽やかな足取りで瀬口の元へと歩み寄る瞳子の後に続いて、ゆっくりと足を踏み出す。  責めるとか、怒るなどの事は一切考えていない。  そういう類の感情ではなかった。  知らない誰かとの時間を奪うつもりもない。 (強いて言うなら…)  ただ、その場所が誰のものなのか知りたいだけ。
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