31 10月の宴 22【瀬口】

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「二人のご関係は?」  オレが塚本に和んでいる間に、やけに楽しそうな黒見がオレじゃなく篤士に質問をした。  何でオレに訊かないんだよ。 「中学の同級生っす。ちなみに小学校も一緒」  と、篤士が明朗に答えた。  まぁ、オレに訊かれてもそう答えるけど。 「なーんだ。てっきりお付き合いでもしている深い仲なのかと思っちゃった」  篤士の答えを聞いた瞳子さんが、有りえない勘違いを、そんな訳ないと知っていて敢えて口にする。  それ、性質悪すぎ。 「そー見える? どうしよう、奈津。バレたぞ」  瞳子さんのセリフを聞いた篤士は、無駄に機敏な動きでこっちを見て、大袈裟に困ったように振舞う。  こいつ、瞳子さんの性質の悪い冗談に思いっきり乗る気らしい。 「バレてねぇよ。つーか、そういう事無いし」  放置するのは危険なので、何とか引き摺り下ろそうとしても無駄だった。 「こいつ、昔っからこうなんスよ。照れ屋だから」  そう言いながら、篤士の腕が首に絡まってくる。  軽い冗談の演出だっていうのは分かってはいるんだけど、今は冗談じゃ済まされない状況なんだよ。  って、いくら訴えても篤士には伝わる筈がない。  まさかこの場に、オレが本当にお付き合いしている相手がいるなんて、篤士には想像もつかないだろう。  だからって、塚本を紹介するような空気でもなければ、オレにそういう心の準備もない。 「あー、分かる分かる」  しかも、安達が篤士を更に助長させるように同意する。  お前に何が分かるんだよっ。 「中学の修学旅行の時も、ホテルの部屋がこいつと同室だったんだけど…」 「篤士っ!」  頼むから、もうこれ以上こいつらに乗せられないでくれ。  オレの昔の話なんて持ち出してくるなよっ。  しかもその話、絶対にどうでもいい話に決まっている。 「なんだよ、いいじゃん。奈津の過去話の一つや二つ」 「良くない!」 「ケチ」  詰まらなさそうに口を尖らせて見せるけど、篤士がそんな事をしても全然可愛くないし、オレの意見が変る訳でもない。 「二人はいつもそんな感じなの?」  オレたちのやり取りを見ていた瞳子さんが楽しそうに訊いてきた。  オレと篤士の会話、何か変かな? 「まぁ、だいたい」 「仲いいねぇ。なんか、犬がじゃれ合ってるみたいなカンジ」  満面の笑みで言われた。  それ、褒め言葉デスカ?  小動物に例えられても微妙すぎる。 「そりゃ、小1の時に同じクラスになってからだから、付き合い長いし」  そう言ってみると、ホントに長い。  篤士と知り合ってからの時間は、人生の半分超えているんだよな。 「奈津の事なら何でも知ってるゼ、くらいに仲いいよ」  オレの肩を抱いた篤士が、そんな口から出任せを言う。 「だーから、そういう変な事言うの止めろよ」  と、言いながら塚本をチラリと見ると目が合った。  無表情。  ……読めない。  とりあえず、変な誤解はされてなさそうだ。 「奈津ー、久しぶりに会ったのに冷たいぞ」  …って安心する間もなく、篤士が絡んでくる。  どう思われてもいい奴しかいなかったら、篤士のこれもいつもの事で全然構わないんだけど、絶対に誤解されたくない人の前だと落ち着かない。 「ほら、にっこり笑って『会えなくて寂しかった』って言ってごらん」  オレの頬を両手で包んで、そんなアホな要求をしてくる。  「ごらん」じゃねぇよ。 「誰が言うかっ!」  篤士は昔からこうだ。  完全に冗談だって分かっているから許せるけど、だからってそんな事絶対に言わない。  塚本の前じゃ、かなりシャレにならないんだよ。 「篤士、お前もう行けよ。お前の友達が呼んでるぞ」  都合よく篤士の友人の集団が篤士を呼ぶような仕草をしているのが見えたから、そっちを指して言った。 「あ、本当だ」  友人たちに呼ばれている事を知った篤士は、何事もなかったかのようにオレからパッと手を放した。 「じゃあ、また後で。ちゃんと連絡しろよ」 「ああ…うん」  振り向きざまに念を押されて、オレはさっきまで触られていた頬を擦りながら頷いた。  これで少しは落ち着ける。  と、思ったのも束の間、背後に忍び寄る黒見がこそっと耳打ちをしてきた。 「なっちゃん、塚本がすっげぇ嫉妬してる」  突然そんな事を言われた。  咄嗟に塚本を見たけど、黒見が言っているような様子ではなかった。 「嫉妬? 何に?」 「何にって…」  疑うように訊いたオレを困ったように見て、何かを言いかけて途中で止める。  最後まで言ってくれないと気持ち悪いんだけど。 「とにかく、何か奴を喜ばせるような言動をしてきた方がいいよ」 「は?」  聞き返す間もなく、背中をトンと押されて一歩前に踏み出していた。  仕方がないので、そのまま少し離れた所にいる塚本の元へと行く。  意味が解らない。  喜ばせるような事?  そんな事言われても、何をしたら塚本が喜ぶんだよ。  その前に、塚本が何に嫉妬しているかだよな。  もしかして、篤士だったりして。  でも、ただの友達だぞ。  塚本にだって、オレの知らない友達とかそうじゃない人とかいっぱいいるのに、オレの友達が一人現れたくらいで嫉妬なんかするか?  その理屈でいくと、オレなんか「体の成分ほとんどが嫉妬で出来てます」ってくらいヤキモチの塊になっているって。  とりあえず、塚本の前に立ってみる。 「塚本」  呼びかけてみると、やや反応有り。  けど、ちらっとこっちを見た表情がいまいちだ。 「機嫌悪い?」 「別に」  覗き込んで訊ねたオレから、ふいっと顔を逸らされた。  何だよ、これ。  オレ、何かした? 「悪いよ、機嫌」  塚本の態度は、全然「別に」じゃない。  そんな風に言われると、余計気になる。  セリフと態度が合ってないよ。 「難しいんだ」  どうしたらいいか分からなくなったオレにぽつりと落ちてきたのは、思ったより穏やかな塚本の声だった。  そして、まるで独白のように呟く。 「せっかく積み上げても、壊してしまいそうになるから」  ???  何の話だろう…? 「ごめん」  しかも謝られてしまった。  よく分からないけど、塚本でも難しいって思うような事があるんだな。  でもそうすると、機嫌が悪いのは、オレが原因って訳じゃないのか?  黒見があんな事言うから、心配してしまったじゃないか。  そういう意味では、ちょっと安心したかも。  深刻な悩み事でもあるのかな。  話聞くくらいなら、オレにもできるんだけどな。 「あの…」 「いたーっ!!」  何か言わなきゃ、と発した声にどこからかした大声が重なった。  何かが近づいてくる気配がしてその方向を見やると、もうすぐそこまで横井先輩が迫り来ていた。 「瀬口っ、時間厳守だって言っただろ!」  横井先輩は、思わず身構えたオレの腕を勢いよく掴んでそう言った。  しかも、ちょっと…いや、かなりご立腹気味だ。  心当たりは、ある。  マズい。  受付当番の時間だったんだ。  さっきまでは確実に憶えていたのに、すっかり行くのを忘れてしまっていた。 「ごめんなさいっ!」  とりあえず謝る。 「言い訳は後! とにかく来い!」  先輩は、謝る時間すら無駄とばかりに腕を引く。 「藤吾もまだ来てないし、お前ら二人してサボる気だったのか!?」  叱責するような横井先輩の言葉が耳に痛い。  藤吾の事は知らないけど、一緒に怒られるのは不公平だ。  後で藤吾を見つけたら文句言ってやろう。  行くのを忘れていたオレが悪いんだけど。 「違いますよっ。だだ、ちょっと…」 「だから、言い訳は後」  オレにも事情があるんです、と主張しようとしたけど、あっさり却下されてしまった。 「他の奴にも予定ってもんがあるんだから、急げ」  横井先輩の言っている事は間違ってない。  オレだって、時間がきても交代の奴が来なかったら嫌だし、その後に他の用事があったら焦るだろう。  でもでもでも。  何か塚本が変なんだ。  もっとちゃんと聞けば、オレにも相談してくれるかもしれないのに。  グイグイと引っ張られて、どんどん遠ざかってしまう。  今はもう、このまま引き摺られていくしかないから仕方ない。  また後で会えるだろうから、続きはその時だ。
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