ホワイトアウト

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ホワイトアウト

否、ホワイトアウトした。 眼前を常闇(とこやみ)に覆われたわけではない。 ぷつり? 否、ガンッ、というオノマトペが適切だろう。 ──低俗な景色を底辺のニートが眺める。目くそ鼻くそにまみれた、男臭い脂ぎった面で。 平日の真っ昼間、油汚れで黒ずんだ雑居ビルの小窓から見える舞台。吸殻と室外機で飾られた路地(ろじ)で、汚い男が小芝居(こしばい)し、それを汚いニートが客として観賞する。 鼻毛を抜きながら死んだ目をした、ネズミ色のスウェット姿のニートが一人。 そして、舞台には血のりを脳天(のうてん)から(かぶ)った禿()げた、スーツを着た男が一人。 互いの視線がぶつかることはない。 互いが触れあうこともない。 互いは忘れゆく。 互いに離れる。 もし二人が言葉を交わせば、わかりあえた仲かもしれない。 だが、誰も知りえない。 ──夕闇が路地でぞめく。 怒りしか頭にない者と、怒りを忘れた者。 二人は相反する者? 断じて否、ともにクビを(もた)げるすべなき者。 否、そもそもクビのない者。 路地の壁に身を委ねるスーツの男。その拳に握られる通知書。 路地に煙草を投げるスウェットの男。その拳にかつて握られた通知書。 ああ、重ねてしまうのはどうしてか。 ──夜の(とばり)が下りてもなお、二人は路地に、二人のニートは路地にあった。先の見えない真っ白な世界で。
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