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きっと王子はあの笑顔だろう。顔を見られたくないから、由香はうつむいたままで自分の自転車のサドルを見ていた。
「いえ、とんでもないです、あ、ありがとうございます」
1秒でも早く王子の前から立ち去りたい。それだけしか考えられない由香は、忙しなく鍵をさして帰りますアピールをした。
「あの、お礼したいのですが、お時間ありませんか」
思いもよらない言葉に動揺した由香はサドルから目を離した。王子は笑顔だ。
「もし、よかったらお茶でもどうですか」
幻聴じゃない。誘われた。王子に落ち武者が。
「何で」
思わず心の声が出てしまった。
「あっ、いえ、あの、ごめんなさい」
由香はまたサドルを見つめた。
「すいません。つい、僕もすいません」
自転車を挟んで二人は、まるで合わせ鏡のように小刻みに頭を下げている。
由香が自転車を動かそうとしたが、少し躊躇した。
サイドスタンドが王子の方にあるからだ。すると、王子がスタンドをあげてくれて自転車を乗りやすいように出してくれた。
「ありがとうございます」
由香は目を伏せながら、冷静さを装って、それでは、という感じで左手にティッシュ、トイレットペーパーを持ちながら自転車を押して王子から離れて行った。
「あーー何で、何で」
後悔がつい口をついて出でくる……くせに……
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