きみのてのぬくもり

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わたしは宝物のように大事に扱われ、本棚でも一番目立つ場所に置かれていた。いつでも手にとれるようにと、きみが置いた。 だが、きみはだんだんわたしのことを読まなくなっていった。そのことを残念だとは思っていない。わたしを読まなくなるのは、ある意味、成長の証でもある。だからわたしは、きみの成長をよろこんだ。 代わりにきみの手の中にあるのは、難しい漢字や数式でびっしりと埋め尽くされた参考書。それを読んでいるきみの表情は、あまり楽しそうとは言えない。「勉強は楽しいかい?」と訊いてみようにも、わたしは喋れない。黙ったまま、きみに背表紙を向けていることしかできない。そのころには、わたしは本棚の隅っこの方に追いやられていた。 きみが一人で泣いているのも、本棚の隅っこから見ていた。きみの母親が心配して部屋までくるけど、きみはそれを怒ってそれを追い払い、また大声で泣いた。なにもできない自分の無力さを感じた。 わたしが読まれなくなってから何年も経ったある日、きみは同い年くらいの男の子を連れてきた。今日、家に母親がいないのは知っていた。ボーイフレンドというやつだろうか。     
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