きみのてのぬくもり

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そんなにコソコソすることはないだろう。もちろん、やましいことがなければの話だが。きみの母親は十分に理解のある人間だから、気にすることはない。ボーイフレンドと話しているきみはとても楽しそうだった。わたしを読んでいたときよりも楽しそうに笑うので、ちょっと妬いたのは内緒だ。 きみが部屋に帰って来なくなった。大学に進学して他県で一人暮らしを始めたからだ。もし帰ってきても、それは一時的なもので、またどこかへ行ってしまう。わたしはもう長いこと、陽の光にあたらず、埃をかぶっていた。 ある日、きみが子供を連れてきた、男の子だ。一番古い記憶の中のきみと、ちょうど同じくらい。本当に久しぶりに、きみはぼくを手にとった。入念に埃をはらってから、男の子にぼくを見せ、「お母さんが子供のときによく読んでた絵本だよ」と言った。きみの手はとても温かくて、母親のようにがっしりとしていて、その優しいぬくもりに涙が出そうになった。きみがわたしのページをめくるたびに、男の子は「わあ」と言って目をまん丸とさせ、笑った。なにもかも、あのころと同じだ。わたしはまた泣きそうになった。 きみはどんどんしわが増え、わたしはどんどん色褪せていった。もはやわたしには昔ほどの色鮮やかさは残っておらず、自慢のまん丸いお月さまの黄色も、すっかり白く禿げてしまっていた。きみの髪の毛もどんどん白くなって、しわくちゃになって、腰もすっかり曲がってしまった。     
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