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みえないもの
彼女の指から微かに香る、あの煙草の匂いが僕は好きだ。
僕自身、煙草は吸わないし、匂いも何もかも嫌いだったが、
彼女の吸う煙草だけは許せた。
彼女のことを心から愛していたからこそだろう。
よく、愛は盲目なんて言うが、実際その通りだった。
彼女は、
何も言わず、家に帰って来ない日もあれば、
酒に溺れ帰ってくる日もあった。
まるで僕が居ないかのように、
知らない奴と楽しそうに電話する日だってあった。
それでも僕は彼女が大好きだった。
しかし、もう丸3日。
彼女は何処かへ出掛け、1度も帰ってきていない。
こんなことは初めてだ。
僕は心配で堪らなかった。
夜がふけると、かなり冷え込む11月。
凍えていないだろうか。
確か短いスカートを履いて出掛けていた。
手持ちのバックも、小さなトートバッグ1つ。
...大丈夫じゃない気がする。
僕は、窓際にあるベッドから起き上がり、外を見た。
彼女が帰ってくる気配はない。
しかし、一瞬あの煙草の匂いがした。
換気のために空けていた窓の隙間からだった。
愛は盲目だった。
気付けば僕は、窓を押し開け、外に飛び出していた。
彼女の煙草の匂いが消えてしまわないうちに。
ひたすら匂いを追いかけた。
行き着いた先は、近所のちょっとした公園。
奥のベンチに、街頭に照らされた彼女の姿がみえた。
そして隣に、彼女より頭一つ分、大きい男が1人。
彼女の隣にいるアイツ、見覚えはあるが名前が出てこない。
僕は彼女達が座るベンチへと近付いていった。
彼女はずっと隣の男と話し込んでいたが、
ふとこちらを見、僕の存在に気付いた様だった。
真ん丸な目を更に真ん丸にして驚いている。
「あんた何でここにいるの!」
すぐさま彼女が僕の方に駆け寄ってきた。
そして、ヒョイと僕を持ち上げベンチの方に連れていく。
やめろよ!と叫び足掻いたが無駄だった。
「また私のこと心配して飛び出して来ちゃったね。
お母さんにちゃんと3日位泊まってくるって言ったのに」
聞いてねぇよ!と叫びたかったがやめた。
とにかく無事で良かった。
早く帰るぞ!と彼女に言うが、軽くあしらわれる。
「わかった帰るから。あと少し待って、ね?シロ」
と、綺麗な声で僕の名前を呼び、僕の頭を撫でる。
それだけで許してしまう僕も良くないのだが。
愛は盲目だ。仕方ない。
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