第3話 過去の記憶

3/20
40人が本棚に入れています
本棚に追加
/222ページ
「承りました」 そう答えたのは男性社員だった。 「おい、何勝手に!」 慌てて止めに入ろうとすると、今度は女性社員が俺の前に立ちはだかる。 「コレは又とないチャンスです、引き受けましょう!」 金額といい、依頼内容といい、どっからどう見てもこれは普通ではない。 それをこのふたりは理解しているのだろうか。 「……」 いや、多分理解はしているのだろう。 日本はこの時代、(ようや)く女性が社会で仕事をする事が認められ始めた時代でもあった。 だが当時は偏見も絶えず、依頼人の要望で女性禁止といわれるのはすでに日常茶飯事で、彼女に降りて来る仕事は圧倒的に少なかった。 だが今回の依頼は、人物の指定がなかった為、そんな彼女としては正に、又とないチャンス。 そして、努力家の彼女に男性社員は密かに想いを寄せていたのだ。 彼も、彼女の為に何かしてやりたかったのかも知れない。 だからこそ、この結果にふたりが辿り着くのは必然といえよう。 俺もソレを分かっていたからこそ、その依頼を正式に受ける事を承諾してしまった。 本当に、慣れない事はするべきではなかったよ。 ふたりに嫌われても、怒られても、あの仕事は断るべきだったんだ。 だって、その後の調査を最後にふたりは帰って来なくなったのだから。 依頼を引き受けて数日後、他の仕事をこなしていた俺の元に、病院からの知らせが入った。 全ての仕事をその場で放り投げ、急ぎ足で病院に向かうと、そこで待ち受けていたのは、生気がなく、人形の様にただ病室の天井を見るふたりの男女の姿だった。 それは間違いなくあの人探しの依頼を引き受けたふたり。 俺は混乱した。 ふたりの身に一体何が起こったのか、何を見たらここまで精神を壊してしまうのか、俺はふたりに何度も問いかけたが反応を示してくれる事はなかった。 原因があるとすればあの人探しの依頼の可能性が高いと直感的に感じた俺は、依頼をして来た男の住む屋敷へと向かった。 だが、そこで見たのは大きな仕事用の椅子に腰かけたまま頭を銃で撃ち抜かれ、血を流した依頼人の姿。 彼は何者かに殺されていたのだ。
/222ページ

最初のコメントを投稿しよう!