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黙って逃げ去ってもよかったのに、そう答えたのは、箱のなかから聞こえた声が、あまりに高く、清らかで、まるで鈴の鳴るように美しかったからでした。こんな声の持主ならば、どんなにか美しい人であろう。どうかしてお近づきになりたいものだ。ネズミはそう思ったのです。
「では、チュー左衛門よ、わらわに、食べ物を持て」
唐突に、そう名付けられたネズミは、疑問を抱く暇もなく、ハハーと、かしこまって、さっそく食べ物を探しに出かけたのです。
雛人形の姫君は、年に一度しか仕事のない暮らしに、退屈しきっておりました。偶然やってきたネズミを利用しない手はありません。そして姫君は、こんな暗闇の中で、楽しみといえば、食べることくらいしか思いつきませんでした。
その日から、ネズミはどんどん食べ物を運び、姫君はどんどん食べました。着物の帯までゆるめて食べ続け、あっという間に、デブデブに太ってしまいました。
そして、三月三日ひな祭りの日が近づきました。姫君は焦りました。こんな体型を、人目に晒すわけには行きません。必死のダイエットが始まりました。
ネズミは、バナナがダイエットによいと言われればバナナを、キウイが効くと言われればキウイを、懸命に集めては姫君に届けました。ですが、運動もせず食べるだけの姫は一向に痩せません。姫は怒りました。
「三月三日も近いと言うに、この体型。もとはと言えば、お前が食べ物を運んできたせいで、この有様じゃ。どうしてくれる。」
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