フェイバリット・フロッグ

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 裏からこっそり、お店の様子をうかがう。  ほとんどがパパと同じかそれ以上の歳のおじさん達に、ママが「ママ」と呼ばれている。あそこに立っているママは、私だけのママではなく、お客さん達みんなのママなのだ。  常連さんの一人、猛烈な嵐で根こそぎ髪の毛をふっ飛ばされたような頭髪のおじさんが、ウイスキーが入ったグラスを手に、か細い声で言った。 「ママ、おれの人生、何だったんだろうな……」 「あらハタさん。また落ち込んでるの?」 「漫画家になりたくて、家出同然で愛媛から上京して来たっちゅうのに、気付けばこんなおっさんで、もう後戻りできない、独身の肉体労働者よ」 「連載してるじゃない」 「あんな4コマ漫画じゃ食ってけないよ。髪の毛も焼畑状態だし……」 「生きてる証よ」  私は「毛根は死んでるけどね」とツッコミたかったが、未成年の私はお店に出られないので、こうしてうずうずしながら覗き見するだけ。  ハタさんはうつむきながらも頬を緩めて「ママだけだよ、そんなふうに慰めてくれるの」と言って、グラスを傾けた。  そこで、着信メロディが流れた。タイトルが思い出せないが、一昔前のヒットソングだ。 「ラインきた。ああ、編集の……」  ハタさんが5世代ぐらい前のスマホを取り出し、画面を見ている。そこでふとそのスマホカバーに見覚えがある。 「あっ!」  私は思わず、大声を出してしまった。ハタさんのスマホカバーは、ファニー・フロッグの蛙男のキャラクターを模したものだ。  確か新刊のキャンペーンのプレゼントで当たる超レアものだ。私も当てて持っている。勿体無くて使ってないけど。 「お、ミサちゃんじゃない。こっち来る?」  常連さんの一人が私に気付いた。トラック運転手のノトさんだ。丸刈りでムキムキのノトさんは額に大きな傷のある人で、スキーで転んだ時の傷というが、ママは別の理由を知っていて、私には教えてくれない。 「ちょっと、ノトちゃん! 娘はまだ17なのよ」 「もう高校生じゃないから、飲ませなきゃ大丈夫でしょ」  ハタさんがたしなめた。 「いやいや、十代をこの時間に働かせるのはアウトよ」 「お喋りするだけだよ~。よくそこから覗き見してるけど、たまにはこっち来れば?」
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