第1話 おはよう、世界

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第1話 おはよう、世界

 目が覚めたとき、私は少年になっていた。  ジュラルミンの台の上で身を起こすと、(かたわ)らには二人の人間がいる。ひとりはネイビーのスーツを着た眼鏡の中年男性で、もうひとりはモスグリーンのワンピースを着た白髪の老年女性だ。私はゆっくり首を回し、隣にある巨大な鏡に映った自分の姿を確認した。  瞳の色はサファイアのように青く、体は細身で肌は白い。プラチナブロンドの髪はボブカットにしてある。最初は少女と錯覚したが、骨格、体の凹凸、白と紺の水兵服に膝丈のショートパンツという格好から、十二歳から十三歳程度の少年であると判断した。  私はAGP-354。人間と暮らし、生活の補助を目的に製造された汎用型人工知能を搭載した家庭用自動人形である。  AGPシリーズのAIは体を持たない。人の眼球を模したものにコアとなるマイクロチップを埋め込み、その眼球を人体に似せたボディに埋め込んで体を動かす。眼球とボディ両方が揃って、初めて自動人形と呼ばれるようになる。 「いかがですか、奥様」 「見た目は申し分ないわね」 「喋らせてみましょう。君、こちらのご婦人に自己紹介を」  私は台から降りて女性の前に立った。彼女は私と同じくらいの背丈だった。 「初めまして、奥様。私はAGP-354。よろしくお願いします」 「私はヴィオラよ。素敵ね、声まで完璧だわ」 「お気に召されましたら何よりです。今はAGP-354と名乗りましたが、お好きな名前を与えてください。最初のメンテナンスは三か月後です。次は半年後、最後は一年後、そこまではどのような故障でも無料で修理保証いたします。以降の不具合は有料となりますので」 「今日はこのまま一緒に帰ってよろしいの?」 「もちろんです。今はぎこちないところもございますが、徐々に少年らしい人格を形成していくでしょう。付属品と充電器はご自宅へ配送しますので……」  彼女はもう彼の説明を聞いていないように見える。微笑んだまま適当に頷き、まっすぐに私の眼を見つめていた。私を見つめる彼女の眼は、アメジストのように深い紫だった。    *
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