第3話 幽霊屋敷と魔女

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 奥様は洗濯物を干し終えると、(とう)のかご一杯に採れたトマトを湯にさらして皮を剥き、ぶつ切りにして赤い琺瑯の鍋へ入れた。そこにトマトの重さの半分ほどの砂糖と、レモンをひと絞りして火にかける。奥様は私に、焦げないように混ぜること、と言って木べらを渡した。  屋敷へ来て三か月、様々な仕事をこなせるようになるなかで、未だ慣れないのが調理である。肉を切る、野菜の皮を剥く程度のことは可能だが、それ以上のことは任せないでほしい。こと、ジャムを煮るなどという繊細な作業は、自動人形にさせるべきではない。  そう思うこともあるが、私は従順なる家庭用自動人形なので、奥様から仰せつかったことには極力お応えしなければならない。二か月前にイチゴのジャムを焦がしたときの記録を何度も反芻しながら、鍋肌からぐるりとトマトを掬うようにかき混ぜる。とくに鍋底は焦げつかないよう、頻繁に木べらを動かした。  たっぷり一時間をかけて、トマトは半分以下の量になった。自動人形に疲労を感じる機能はないが、通常の労働よりエネルギーの消耗速度が激しい。しかし出来上がりを見て味見をした奥様は大層ご満悦で、三つの瓶にそれを詰めると、ひとつを自動人形店のクレイに、もうひとつをベーカリースズノのおかみに届けるよう私へ申しつけた。私の三か月点検が近く、奥様が最後にカンパーニュを食べたのは一週間前のことだった。    *
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