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おかみの質問に、主人は眉間に皺を寄せて何かを思い出そうとしている。
「俺が子供の頃は人が住んでなくて、本当に幽霊屋敷だったんだ。そこに魔女が越してきたのが二十五年前、いや、それよりもうちょっと前になるのかな。ある日突然、屋敷に明かりが点いてることに気がついた奴がいて、たぶんそいつが魔女だって言い始めた」
「二十五年って、案外歴史が浅いんじゃないの。五十年くらい住んでるのかと思ったら」
「まあ聞けって。魔女って言われてたのにはもうひとつ理由があって、あの屋敷に住んでたのは魔女だけじゃなかったんだよ。最初は子供がいたはずなんだ」
それは私も初耳である。奥様からそのような話は聞かされていない。
「俺も直接見たわけじゃないから詳しいことはわからない。見た奴にしたって、ある奴が女の子だったって言えば、別の奴は男の子だったって言う。でもいつの間にか子供の気配はなくなって、魔女がひとりで住んでいた。それで子供を攫って食べる魔女だと噂になった」
「なんだかばかばかしい話ねえ」
「真偽が定かじゃないことに、尾ひれをつけて広めたくなるのが人間だろ」
「ごめんねモナート。奥様にはよく謝っておいて。それから、ジャムをありがとう」
おかみはそう言って、カンパーニュが入った紙袋にシナモンのクッキーを入れた。
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