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そこに突然、母子と思しき女性と少年が越してきたのが二十六年前のことらしい。
「母子ですか。名前はわかりませんか。どこから来たのです」
「この五十年でいろいろ法律も変わったから、あまり個人情報は書けないのよね」
「なぜわざわざ、荒廃した屋敷に越してきたんでしょう」
「さあ、詳しくはわからないけれど、とんでもなく安くなってたとは思うわ」
「なるほど」
「もしかして、あなたはあのお屋敷の子なんじゃないの? 主人に聞けば一発でしょうに、わざわざ図書館で調べるなんて何かあるのね」
私が何と答えたものか言葉を探していると、レナード司書は私に顔を近づけ、声を潜めた。
「これは個人情報で、司書の掟を破ることになるけれど……屋敷のその子は一度だけ、図書館に来てくれたことがあるのよ。ちょうど、私が司書になったばかりの頃だった」
「なぜ、その屋敷の子供だとわかったのです」
「貸出カードを作ったの。書かれた住所があの屋敷のあたりだったから、私もびっくりした。そのあたりにはあの一件しか家がないもの。その子はとても喜んで、今度は本を借りに来ますと言っていたけれど、それから昨日まで、一度も姿を見かけることはなかった」
「昨日まで?」
レナード司書は私の顔を見て微笑んだ。
「その子は、あなたによく似た男の子だったのよ」
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