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これだけ古いものがそのまま残されていることから予想したのは、既に少年がこの世に存在しないのではないかということだった。
しかしこの家には人間が映っている写真が一枚も飾られていなければ、奥様が墓所を訪ねている様子もない。
そもそも奥様と少年は本当に親子であったのか。奥様の秘密に関して手掛かりを掴む方法はないかと考え、私は、ある言葉で奥様に呼びかけてみることにした。
それは就寝の挨拶をするときだった。いつも通りすべての部屋の明かりを落とし、階段下で奥様と別れる際、私はごく普通に、自然を装ってその言葉を口にした。
「おやすみなさいませ」
「おやすみ、モナ。明日もよろしくね」
「はい、お母さん」
私に悪気はなかった。むしろ、喜んでくださるかもしれないと思ったのだ。
しかしその言葉を聞いたときの奥様の顔を、何と形容すればよいだろう。それは怒りとも悲しみともつかない、絶望を覗き込んだような虚無の表情。ほんの一瞬のことだったが、私は自分が奥様のことを深く傷つけてしまったことを理解した。
「申し訳ございません、奥様。メンテナスで発生したバグです。明日には直ります」
あまりにもとってつけたような言い訳だった。しかし眼から光を無くし、言葉を失っていた奥様は、困ったように微笑んでこう言った。
「それならいいわ。もう二度と、私のことをお母さんなんて呼ばないで」
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