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家の内部も、あの外壁からは予想しえないものだった。床は塵ひとつなく掃かれ、もちろん蜘蛛の巣などかかっていない。家具や調度品は使い込まれた年代物ばかりで、かなりの価値があるものだ。
「このお屋敷には奥様しかいらっしゃらないのですか」
「ええ、そうよ」
「では、お掃除もすべて奥様が?」
「そう。でも、最近はなかなか大変なのよね。さあ、居間のソファに座っていなさい。他に質問があれば聞くし、私もあなたに話したいことがたくさんあるわ」
奥様は私を居間に取り残し、台所へ行ってしまった。
ぐるりと部屋を見渡すと、壁には夕暮れの田園風景を描いた大きな絵が掛かっている。天井にはシンプルで小さなシャンデリアが下げられ、それ以外にはオイルランプのスタンドと書架しかない質素な部屋だった。
「待たせてごめんなさい。すっかり喉が渇いてしまったの」
奥様はワゴンに野いちごの柄が入った茶器を載せて戻ってきた。口の広いカップに茶を注ぐと、ふわりと湯気が立ちのぼる。カップに注がれた液体はルビーに似ていた。
「アールグレイですね」
「まあ、そんなことまでわかるのね?」
「色と、空気中に漂う成分から分析しました」
「予算ぎりぎりだったから、物を食べられるようにしたり、涙を流したりっていう余計な機能はつけられなかったのよ。でも、こうしてひとりだけお茶を飲むのは寂しいわね。飲み物くらい飲めるようにしてあげればよかった」
私がどう返答したものか言葉を探していると、紅茶を一口飲んだ奥様は話を続けた。
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