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夜空に満月が浮かぶ頃、ダイニングへ呼ばれた。奥様の希望により夕食の時間は共に食卓で過ごすことになったが、小さな食卓の向かいでビーフシチュウを食べる奥様をじっと見ている私に、奥様はちらちらと気まずい視線を向けた。
「なんだか、やっぱり変な感じよね……」
「私も食べるふりができればよいのですが」
「さっきも言ったでしょう。その機能はつけなかったのよ。そこまでいくと家庭用じゃなく愛玩用になって、値段がとびきり跳ね上がるの」
「食事が人間にとっての供給でしたら、このようにしては如何でしょうか」
私は席を立ち、届いたばかりの付属品の箱を開けた。ポータブル充電器を取り出すと、再び食卓に戻る。そして左手の薬指を外し、そこに充電ソケットを差し込んだ。
「私にとっての食事です」
奥様は一瞬ぽかんとした顔をして、次に声を上げて笑った。
「いいアイデアね。これからそうしてちょうだい」
奥様は私が人間と近い生活をすることを望まれているらしく、奥様が就寝する午後九時に合わせて、私もスリープモードに入ることにした。
二階に用意された部屋で寝間着に着替え、ベッドへ入ろうとしたとき、充電ケーブルを居間に置いたままであったことを思い出した。
奥様を起こさぬよう静かに階段を下り、視界を夜間モードに切り替えて、明かりを点けずに居間へ入る。ケーブルを見つけたところで、隣の部屋から青白い月明かりが漏れていることに気がついた。アトリエのような隣の部屋には、庭に面したテラスがある。
さてはカーテンも閉め忘れてしまったかと思い、僅かに開いた扉の隙間から部屋を覗いた。すると、そこには月光の溢れるテラスで空を見上げたまま佇んでいる奥様の姿があった。
奥様は、夜空に煌々と輝く月に向かって祈っていた。
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