第4話 金色のレモネード

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第4話 金色のレモネード

 秋は駆け足で通り過ぎ、冬は忍び足なのだと奥様が言っていた。  黄色に変わった紅葉の葉が、赤く染まったと思えば一斉に落ちた。曇天の日が多くなり、日を追うごとに太陽の力が弱くなる。たしかについ先日秋になったと思ったら、すぐ後ろまで冬が迫っているようだった。  外に吹く風は冷たいが、テラスからの陽射しが届くアトリエは暖かい。  中央にある大きな木机には焦げた跡や薬品を零したらしい染みがあり、天板下に埃を被った漏斗や乳鉢、シャーレなどが放置されていることから、この場所が何かの作業場であったことは間違いない。役目を終えた古いフラスコやビーカー、色とりどりの薬瓶もすべて花瓶代わりにされている。  テラスに置かれた鉢植えは、すべて薬草と香草の類だった。スイートバジルにローズマリー、バジリコ、ルッコラ、ベビーリーフ。生命力の強いスペアミントは増え過ぎぬよう、まめに葉を摘んではアロマオイルを作る。虫除けのために、精製水で薄めたオイルを庭の草花へ撒くのも私の仕事だった。  それは久しぶりに風もなく、テラスに温かな陽だまりができる穏やかな日だった。私が淡い緑色をしたソーダガラスの霧吹きで庭にミントを撒く様子を、テラスにいる奥様がホットチョコレートを飲みながら眺めていた。  テラスで最も陽あたりのよい場所に籐のロッキングチェアと赤いウールの膝掛けを持ってきて、ホットチョコレートを作ったのは私だ。近頃、気温が下がってゆくにしたがい体の不調を感じているらしい奥様は、昼間でもベッドやソファで横になっていることが多かった。
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