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「G.D.」
夜景を見渡せる贅沢な見晴らしの高台に、三階建てのシンプルな四角い家がある。
度合兄弟の自宅だ。
買い物を終え家に戻った豆実はベルトを外し、レトロなバラ模様の赤い和風の上衣を脱いでリビングのソファにそろえて置くと、休む間もなくキッチンへ向かいエプロンをつけた。
エプロンの下から、雌黄色の可愛いノースリーブ・フレアワンピースをのぞかせ、豆実は鼻歌まじりで夕食の支度にとりかかる。
そのうち、食欲をそそるおいしそうな香りが家中にしみ渡っていった。
「豆実! いいにおいップね!」
豆実の長くふんわりした竜胆色の髪の間から、クッペがひょっこり顔を出した。
「やっぱり不思議ね、クッペちゃんて。お鼻がないみたいだけど、ちゃんとあるんだもの」
豆実がクスリと笑うと、クッペの白ほっぺが赤くなる。
女の子らしくて優しくて、澄んだアイスグリーンの目をした豆実が、クッペはとても好きなのだ。
「クッペちゃん。三人を呼んで来てくれない? 私ったらロン君の事すっかり忘れてたわ。一番にロン君に声をかけてね」
「了解ップ。でも煎路はまだ帰ってないと思うップよ。どうせまた……」
「帰ってるよ」
クッペの言葉をさえぎり、煎路がリビングに入って来た。
「どうせまた、何なんだよクッペ」
煎路は仏頂面で、豆実の上衣とベルトをどかしてソファにドッシリと腰かけた。
「な、なんでもないップ! なんでもないップよ! 焙義とロンヤを呼んで来るップ!」
煎路ににらみ付けられたクッペは小さな手を羽ばたかせ、逃げるようにリビングの隅にある階段をパタパタ上へと飛んで行った。
「そんな顔してどうしたの? また女の子にふられちゃった?」
ほっくり炊き上がったご飯を茶碗によそいながら、豆実は煎路をチラリと見た。
「またって何だよ、お前まで。言っとくけどなぁ、俺はふられてんじゃなくて踏まれてんだよ」
「もっと悪いじゃない!!」
「それにしても……ハァ~ッ、今日の子は惜しかったなぁ」
よほど好みのタイプだったのか、ふられる事は日常茶飯事の煎路がめずらしく落胆している。
「元気出して、煎ちゃん! 相手がどうあれ、いつもの事じゃない! ほら、今夜は煎ちゃんの大好物のポトフよ!」
豆実はなぐさめの声をかけながら、湯気のたつ器を食卓に並べ始めた。
「ポ、ポトフじゃ――!!」
好物のポトフが誘う器をめがけ、煎路は我慢できずにカンガルーのごとく大ジャンプする。
「まだダメよ!!」
そうはさせるかと豆実が器を持ち上げると、煎路の顔はあごからテーブルに直撃した。
「クッ……いってえなぁ……」
そんな煎路の醜態を、下りて来た兄の焙義とクッペが目の当たりにしていた。
「何やってんだ、お前は」
「いやしすぎるップね」
二人は素気なく言う。
「うっせえな……マジで死ぬかと思ったってのに、なんて心ねえ奴らだよっ」
打ったあごをさすり、煎路はよろめきながら立ち上がる。
「煎ちゃん、良かったわ無事で! さっ、さめない内に食べましょっ」
豆実はにこやかにポンッと手を打ち、エプロンをとって食卓についた。
「お、俺をこんな目に合わせたのはおめえだろっ。無事もクソもあるもんかっっ」
「煎路の事はもういいが、ロンヤはどうしたんだ?」
弟をかやの外に追いやり、焙義はひとつ空いているイスを気にかけ豆実に確かめた。
「先に呼んでおくの忘れちゃってたの。ロン君が来たらあやまらなきゃね」
「おい、豆実。お前がわびるのは俺にだろーが。ロンヤなんぞにわびるこたねえよ。
らいらいあいうはいうわれらっれも(だいたいあいつはいつまでたっても)……ハ、ハフハフ」
煎路の口には早くも熱々のジャガイモがつめ込まれ、何を言っているのか全く分からない。
「大丈夫よ、お兄ちゃん。ロン君の食事はまだ何もよそってないからさめたりしないわ。私達が食べ終わった頃には来るでしょ」
「そうか。それなら先に食べるとするか」
「ロンヤを待ってたら、夕食が朝食になってしまうップゥ~」
ようやくスプーンを手にした三人とは対照的に、煎路はポトフにがっつきもうたいらげている。
惜しんでいた女の子への思いも、今では完全に『過去』になっていた。
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