「G.D.」

1/7
前へ
/15ページ
次へ

「G.D.」

 夜景を見渡せる贅沢(ぜいたく)な見晴らしの高台(たかだい)に、三階建てのシンプルな四角い家がある。  度合(どごう)兄弟の自宅だ。  買い物を終え家に戻った豆実(まめみ)はベルトを外し、レトロなバラ模様の赤い和風の上衣(じょうい)を脱いでリビングのソファにそろえて置くと、休む間もなくキッチンへ向かいエプロンをつけた。  エプロンの下から、雌黄(しおう)色の可愛いノースリーブ・フレアワンピースをのぞかせ、豆実は鼻歌まじりで夕食の支度(したく)にとりかかる。  そのうち、食欲をそそるおいしそうな香りが家中にしみ渡っていった。 「豆実! いいにおいップね!」  豆実の長くふんわりした竜胆(りんどう)色の髪の間から、クッペがひょっこり顔を出した。 「やっぱり不思議ね、クッペちゃんて。お鼻がないみたいだけど、ちゃんとあるんだもの」  豆実がクスリと笑うと、クッペの白ほっぺが赤くなる。  女の子らしくて優しくて、()んだアイスグリーンの目をした豆実が、クッペはとても好きなのだ。 「クッペちゃん。三人を呼んで来てくれない? 私ったらロン君の事すっかり忘れてたわ。一番にロン君に声をかけてね」 「了解ップ。でも煎路(せんじ)はまだ帰ってないと思うップよ。どうせまた……」 「帰ってるよ」  クッペの言葉をさえぎり、煎路がリビングに入って来た。 「どうせまた、何なんだよクッペ」  煎路は仏頂面(ぶっちょうづら)で、豆実の上衣とベルトをどかしてソファにドッシリと腰かけた。 「な、なんでもないップ! なんでもないップよ! 焙義(ばいぎ)とロンヤを呼んで来るップ!」  煎路ににらみ付けられたクッペは小さな手を羽ばたかせ、逃げるようにリビングの(すみ)にある階段をパタパタ上へと飛んで行った。 「そんな顔してどうしたの? また女の子にふられちゃった?」  ほっくり炊き上がったご飯を茶碗(ちゃわん)によそいながら、豆実は煎路をチラリと見た。 「またって何だよ、お前まで。言っとくけどなぁ、俺はふられてんじゃなくて踏まれてんだよ」 「もっと悪いじゃない!!」 「それにしても……ハァ~ッ、今日の子は惜しかったなぁ」  よほど好みのタイプだったのか、ふられる事は日常茶飯事(さはんじ)の煎路がめずらしく落胆している。 「元気出して、煎ちゃん! 相手がどうあれ、いつもの事じゃない! ほら、今夜は煎ちゃんの大好物のポトフよ!」  豆実はなぐさめの声をかけながら、湯気(ゆげ)のたつ(うつわ)を食卓に並べ始めた。 「ポ、ポトフじゃ――!!」  好物のポトフが(いざな)う器をめがけ、煎路は我慢できずにカンガルーのごとく大ジャンプする。 「まだダメよ!!」  そうはさせるかと豆実が器を持ち上げると、煎路の顔はあごからテーブルに直撃した。 「クッ……いってえなぁ……」  そんな煎路の醜態(しゅうたい)を、下りて来た兄の焙義とクッペが()の当たりにしていた。 「何やってんだ、お前は」 「いやしすぎるップね」  二人は素気(すげ)なく言う。 「うっせえな……マジで死ぬかと思ったってのに、なんて心ねえ奴らだよっ」  打ったあごをさすり、煎路はよろめきながら立ち上がる。 「煎ちゃん、良かったわ無事で! さっ、さめない内に食べましょっ」  豆実はにこやかにポンッと手を打ち、エプロンをとって食卓についた。 「お、俺をこんな目に合わせたのはおめえだろっ。無事もクソもあるもんかっっ」 「煎路の事はもういいが、ロンヤはどうしたんだ?」  弟をかやの外に追いやり、焙義はひとつ空いているイスを気にかけ豆実に確かめた。 「先に呼んでおくの忘れちゃってたの。ロン君が来たらあやまらなきゃね」 「おい、豆実。お前がわびるのは俺にだろーが。ロンヤなんぞにわびるこたねえよ。  らいらいあいうはいうわれらっれも(だいたいあいつはいつまでたっても)……ハ、ハフハフ」  煎路の口には早くも熱々(あつあつ)のジャガイモがつめ込まれ、何を言っているのか全く分からない。 「大丈夫よ、お兄ちゃん。ロン君の食事はまだ何もよそってないからさめたりしないわ。私達が食べ終わった頃には来るでしょ」 「そうか。それなら先に食べるとするか」 「ロンヤを待ってたら、夕食が朝食になってしまうップゥ~」  ようやくスプーンを手にした三人とは対照(たいしょう)的に、煎路はポトフにがっつきもうたいらげている。  惜しんでいた女の子への思いも、今では完全に『過去』になっていた。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加