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日曜日、夕飯の買い出しに、君と出掛けたショッピングセンター。
併設しているペットショップで、ずっと猫を見ている君。
いつもは、僕にいらいらした顔しか見せない、そんな君の優しそうな笑顔を見たのはいつ以来だろうか。君の好きな秦 基博のライヴのチケットをプレゼントした時以来じゃないだろうか。待てよ、じゃあ、僕は二年近くも君のそんな顔を見てないことになる。付き合って四年。その半分近く、僕は君にいらいらした顔しかさせて来なかったことになる。
食材の入ったカートを押して、そっと君に近づき、僕も一緒にケージを覗きこんだ。
君が僕には使わせてくれないシャンプーの、よく分からないけど良い香りが、触れるか触れないかの僕らの間を易々と越して届く。
「猫飼いたいの?」
君の優しそうな顔が、瞬時にいらいら顔に変わる。急な夕立だって前兆はあるのに、君の変化にはそれすらない。もはや顔芸だ。
「別に。ただ見てただけだから」
こちらに見向きもしないで、素っ気なく言い放ち、レジに向かう君を僕も追いかける。日曜日の夕飯時の買い物客の間を足早に君は行く。追いつくのが大変だ。
買い物が終わり、パーキングの車に乗り込むと、君は直ぐにセブンスターを取りだし、火をつける。僕の中古のアコードワゴンの中が、君の吐き出す煙で満たされていく。
僕も負けじと、これまたセブンスターを取りだし、火をつける。
僕の煙と君の煙が、ふんわりと交わっていく。そんなシンクロでも、今の僕には無情の喜びだ。
出会いは、会社の喫煙所で、偶々同じセブンスターを吸っていたことからだった。女性にしては珍しいですねと、僕が声をかけたのがきっかけだった。その時も君は素っ気なく答えただけだったけど、何度か会ううちに、君の大好きなお父さんの影響でセブンスターにしたこと、そろそろ禁煙したいと思っていること、そして、彼氏がいないこと。煙立つ狭い空間で、僕は君を知ることができた。そして、君が初めて笑顔を見せてくれた時、僕は君に惹かれていることに気がついた。
僕と付き合ってから、君の煙草の本数は減り始め、そして、また増え始めた。それは君のたまの笑顔が減って、いらいら顔が増えていったのとリンクしている。
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