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「ダムナティオ・メモリアエをご存知ですか」
ご婦人は海辺のほうをみながら言う。表情はすこし穏やかな感じを受けた。
「古代ローマの刑罰で、個人の記録をすべて抹消してしまうことだっと」
「そうですね。名声の破壊とか記憶の破壊ともいいます。」
私はご婦人の発言の意図がわからないでいた。
「この本、あの人の懺悔の本には【主語】があったと思うのです。」
ご婦人は立ち上がり完全に窓へ、海辺の方向へ体をむけた。表情はうかがえない。
「でも、許されないと思ったのかダムナティオ・メモリアエをうけてしまったのではないかと、今は思っています。【主語】は失われたのです。」
ご主人は明快に謝罪したつもりだった。しかし深い悩みは、深い苦しみは。本の主語を奪うダムナティオ・メモリアエを課してしまったのかもしれない。
「許されるのですね」
私は静かに切り出した。
「ええ。もちろん」
ご婦人の声は明るい感じをうける。
「でも、直接謝ってくれてもよかったのですけどね」
ご婦人はやさしく、さびしくほほえんだ。
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