記録

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私はご主人の弔いを済ませてから、ご婦人からお茶でもどうぞということになった。 まだ一人で住むには広く感じます。 ご婦人のそんな言葉がしずかに流れて、紅茶が注がれた。 熱い紅茶をすすりなが窓の風景に目を向ける。ご主人が愛した海辺。海と空の青が爽やかに飛び込んでくる。僕の自慢の風景なんだ。ご主人の言葉が思い出される。 「いい風景ですね。本当にいい風景です。」 ご婦人に視線を移したとき、ご婦人は心ここにあらずといった感じで、考え込んでいるようだ。 「見てほしいものがありますの」 私が伺う直前にご婦人はふらりと立ち上がって本棚から一冊の本を取り出し、私の前に置いた。 A4サイズで表紙は古い革製。50ページくらいの厚みがある本だ。 「あの人が残した手記みたいなものです。机の奥から出てきました。」 ご婦人はぐいと紅茶を飲み干した。 「ぜひ読んでください。」決意に満ちているような言葉に感じた。 でわ。失礼。と本を取り出しページをめくった。 ー僕は謝罪を繰り返すことになる。 そう書き出された文章は、万年筆で書かれた見覚えのあるご主人の筆跡。 書き出しからしばらく読んでいくと、結婚に際して若き日のご婦人への懺悔、謝罪する内容であることがおぼろげに理解した。 しかし文章に違和感が残る。それがなにかわからない。 10ページほど読み進めた内容はご婦人への不忠を告白して、謝罪し、続いて自らがなざ謝罪しなければならないのかを延々と書き連ね。最後の10ページほどでは、断片的に自らを責めては謝罪を繰り返すものだった。 違和感がさらに湧きたち、理由が輪郭を持ちはじめていた。 「この手記には【主語】がないですね」 「わかりましたか・・・あの人【主語】のない謝罪を繰り返しているのです」 すでに冷えた紅茶で乾いたノドに流し込んでしばし思う。 【主語】の謝罪とは果たして謝罪なのか・・・
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