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真面目にこちらの正当性を主張すればよかっただろうか。俺は雲を見てそう言っただけで、決して彼女の『白いデルタゾーン』に声を漏らしたわけではない。実際、その時は、まだ見ていなかった。しかし、それもなんだか必死過ぎて情けなく思えた。
とは言え惜しいことをした。どんな形であれ、そのまま会話を続けていたらもう少し『いい景色』が眺められたかもしれないのに。
無意識的思考は遮断され、俺はやむなく現実へと引き戻された。そして、見計らったように始業のチャイムが鳴った。
午後の授業は古文。
昼休みの一件で吹っ飛んだ眠気が今になって押し寄せてきた。古語と言うのはなんとも心地よいリズムを奏でるのか。言葉の響きが奥ゆかしく、しっとりと耳に余韻を残す。
ナビゲーターは、聴き覚えのある声。そう、さっき会った鎌倉 里奈だ。よくすらすらと読み進めるものだ。眼をつぶると一瞬にしてその世界へ招待してくれる。
竹取物語。
俺は竹から産声を上げる姫のように、誰かに起こしてもらうのを待っていた。と言えば、この教室の何人が共感してくれるだろう。結局、その言い訳は喉元で止まり、替わりに出たのは、呻き声だった。
俺はどうやら先生に頭を叩かれたらしい。
あちこちからクスクスと笑う同情票が入り、ほんの少しだけ救われた気分になった。
だが、鎌倉はくすりともしなかった。
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