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「さみぃ……」
大の字になった黒いモッズコートの彼を包み込むのは、白い布団と化した積雪。
空は薄黒。深々と降る雪に、紅眼が虚を露にする。
どこに行った? 俺の傍に早く戻って来い、もう疲れた──と、
握り締めたククリナイフは、赤黒い涙を流す。
一番に欲したもの。他は何も要らない、寧ろ白夜以外は邪魔だとさえ思った。全て無に還して、二人だけの世界を作ろうとしたのに。彼女は彼の前から忽然と姿を消してしまったのだ。
──“遊び疲れた頃に自分の所へと戻って来る”。
そんな余裕や自信を徐々に削っていく、終わらない日々、時間。酷く退屈な上に、面倒くさいにも程がある。
人間活動と揶揄した生活も、彼女がいないならば所詮、管に繋がれた延命治療でしかない。
刺激がなく、あるのは安堵と、偽りで飾られた平穏──それ即ち、虚構。空虚。「植物人間もいい所だ」と、自嘲が止まらない。
右から左、上から斜め下、それから──どこを見てもあるのは、白を赤黒く濡らした肉塊の数々。
他人の幸福に満ち、繰り返される呼吸が煩わしくて煩わしくて。こんな吹雪の夜は特に目障り、耳障り。
雪の中、芽吹く感情は刃を咲かして、血種を撒き散らす。無情に、残虐に、凄惨に──
始まりの日が足枷、重荷となって、地に足をつけ歩くのが気怠い。見えぬようにと踏み潰しても、積もり積もる白。
けれど、そこにぽつんといた彼女がいない。見つからない。見つけられない。
ならばせめて、見れるようにと──紅に塗り潰す。
至極下らない戯事。紛れるはずもない想いが、彼の唯一である感情を無に近付けていく。
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