鬼の涙は血飛沫となって、白を染める

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 なぁ、白夜……俺にとっては全世界を敵に回しても、お前の方が重たいんだよ。戻って来い。もう、疲れた。お前が隣に居ないのは。  死ぬなら、付き合うから。殺すのでも、殺されるのでも、どっちでもいい。なんなら皆殺しでも、殺し合いでも何でもいい。お前の中で、俺が再度“絶対”として刻まれるのなら、なんでも……  だからもう一度だけ、俺にチャンスをくれ──  本音と言う名の弱音を深いばかりの溜息に乗せて、ゆっくりと閉じた瞼。皮膚に密着し、溶けていく白い感覚が生気を奪う。  何年か前は、温かく生気を養う色だったのに。今では真逆だ。 「っ、う゛あぁ゛……」 「…………」 「あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛……」  殺した筈なのに。ふと横目を向けたら、天に蔓を伸ばすように肘から先が無い右腕を伸ばす男が居た。  唸る声が、涙を流し、苦悶を訴えた表情がつまらない上に怠いばかりだ。  グサリ、と。顔色一つ変えず、まるで仕草のように脳天を貫いた一撃。男の顔が重たそうに雪に埋もれ、また一つ、赤黒の一滴を描いた。  絶え間なく襲撃してくる虚無感と虚脱感。降れば降る程、積もるのは雪じゃなく、最早行き場を無くしたもどかしさ。  気だるいままに起こした上半身。ナイフを取り、虚構に苛まれた紅眼を空に向ける。  白夜──なんて。愛しいばかりの名前を溢してしまいそうな、切めいた表情。  ──そんな彼に、神様は珍しく同情したのかもしれない。 「何か、血生臭くない?」 「確かに。雪男でも暴れてたりしてな!」 「ちょっと、やめてよ。薄気味悪い話をする時間じゃないわ」 「ははっ。でも、ここまで来りゃもう好きにし放題じゃん?」 「そうね……ふふ。じゃあ、冷えた身体……温めてくれる?」 「喜んで?」  耳障りな声と艶かしい音が耳に飛ぶ。沸き立つ憂鬱。その呼吸が、幸福に満ちた吐息が、煩わしい。  だから、殺しましょう。絶え間なく響く幸福音には停止音を、 繰り返される命の息吹きには断絶を、延々と降り注ぐ白には血の紅を──  刹那の快楽。凄惨且つ愉悦に歪み行く表情と、ナイフの刃先と。  始まりの日は、虚飾が叶わない本性。  ここに、俺の傍に、白夜がいないのなら──もう、白闇は要らない。幸福など、有り得ない。  吹雪の夜。鬼の涙は血飛沫となって、白を染める。  それはそれは、どす黒い血濁色に──。 〖了〗
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