【三】

3/6
前へ
/49ページ
次へ
無事川沿いに着地すると、竹之丞は香与の身体をそっと腕から降ろし、「ご苦労だったな、弥左衛門」と香与のまだ見ぬ方角へと声をかけた。 ――そこには、年齢は中年くらいの、小太りで人の良さそうな男が立っていた。 彼もまた、修験者の服装を着用している。 竹之丞が“七”として暮らしていた、河田屋の主人、河田屋泰兵衛――真名を城戸弥左衛門という。 彼もまた、竹之丞と共に八幡へ潜入している足利の間者であり、上司と部下の関係にあった。 「へぇ」 弥左衛門は微笑んで香与の方向へと目を遣ると、その恰幅の良い身体に抱いた犬の姿を見せた。 ――香与の飼い犬である。 元気に黒々とした瞳を輝かせ、舌を出して呼吸している。 香与の不安に震えていた瞳が、喜びに光を帯びた。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加