【三】

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「…そうだったの…。それで、これから二人は旅に出るのね」 香与は犬の首紐を引いて歩きながら、竹之丞と弥左衛門の方を見て頷いた。 「ああ。新しい仕官先を探す為に旅へ出る。…今まで、本当の姿を隠していてすまなかった」 竹之丞は、香与の隣に相伴して歩きながら、疲れの為にまだ時折ふらついている香与の背中を支え、歩き続けた。 「ううん、気にしないで。七ちゃんがそんなに大事な仕事をしていたなんて知らなかったし…本当、気にしないで」 心底申し訳がなさそうに頭を下げる竹之丞を見て、香与は両手を横に振った。 香与からすれば、“七”が斯様な任務に当たっていたとは全く預かり知らぬ事であったから、感覚が追い付かない部分があった。 ――だが、竹之丞が自分の事情を素直に吐露してくれた事は、嬉しく思った。 いつも素っ気ない対応の“七”に対して、(もしかして嫌われているのかな…)と思った事も、幾度かあったものだ。 事情が分かって、安心した気持ちの方が強かったのかもしれない。 「そうか…。良かった。そう言ってくれて」 歩みを進めながら、竹之丞は香与の方を見つめて微笑した。 以前までの様な、慎重に距離を測るかの様な態度は、今の竹之丞からはなくなっていた。 肩の荷が降りたのかもしれない。 だが、一方で、竹之丞と弥左衛門の行く先は、暗澹としていて、先が読めない状況だ。 「公方様は、どうしておられるのですかなぁ…。」 弥左衛門は一人ごちた。 三人の間に、無言の空気が流れる。 手痛いが、全く同意の言葉であった。 公方とは、足利将軍家の事だ。 応仁の乱から続く混乱に此度の大地震が重なり、混迷のさ中にいる事は間違いがないのだろう。 京の公家達の動向を探っていた竹之丞と弥左衛門のもとに、ある日突然届けられたのは、白紙の文面であった。 余りにも急すぎたが、今は新たな仕官先を探さねばならない。
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