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木々を掻い潜って川縁の緩やかな傾斜を下りながら、香与は二人に首を傾げて訊いた。
「それで、二人はこれからどこへ行くの?」
「…ああ。そうだな」
竹之丞は、香与の邪気の無い目線に一瞬たじろいだ後、弥左衛門の方を一瞬見た。
弥左衛門は無言で首を縦に振り、同意のジェスチャーを見せた。
行き先はもう決まっていた。
「…尾張へ向かう予定だ。」
「尾張へ?」
香与は竹之丞の言葉に不思議そうに聞き返した。
香与は、商家育ちでしっかりしている気性ではあるが、あくまで普通の娘であるから、竹之丞もそれを承知している。
その『何も知らない』が故の柔らかな文の内容に、竹之丞の心は何度解されたか、わからない。
だが、巻き込む訳にもいかないので、続けて竹之丞は声を濁した。
「………。まあ、その。色々と回る」
「色々?」
「~~……ああ、…色々。先に辰之助達の所へ挨拶に伺ってから向かうつもりだ」
香与の悪気無い追い込みに、竹之丞は辿々しく返答した。
最後の一言は、取って付けたかの様な提案で、隣で聞いていた弥左衛門は思わず頭を抱えてしまった。
――が、香与には効果抜群であった。
「辰之助の所に?
――私も行く!!」
香与は前のめり気味に竹之丞の左手を取り、強い口調で宣言した。
「…………」
竹之丞は、昔辰之助の前でした時の様に、右手で腰の扇子袋に入れていた扇子を取り出した。
扇子を広げて口許を隠す。
心を落ち着かせるサインである。
竹之丞からすれば、香与の反応は計算済みであった。
彼女の好きそうな話題で話を逸らそうとしたのだ。
――本音を言えば、竹之丞は辰之助のもとへ会いに行くということに関しては、余り乗り気がしなかった。
それは、話を聞いていた弥左衛門も同様で、言い出した竹之丞の背後で大袈裟に溜め息を吐いた。
落ち葉がはらりと地面に落ち、竹之丞は気まずそうに香与から目線を逸らした。
「―――ッ、勝手についてくればいいさ」
竹之丞はぐぬぬとしながら香与に素っ気なく言い捨てた。
一方の香与は、飼い犬を抱いて素直に喜んでいる。
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