【一】

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――あっ、と辰之助は思い出した。 昔これと同じ言葉を、父・寅次郎から聞いていた事を思い出したからだ。 当時は宗運に対する反発心から全く気にも留めていなかったのだが、彼が実際に働いている姿を見ていると、改めて腑に落ちてくるものがあった。 寺の外を箒で掃きながら、辰之助は大原の民達を観察した。 住民達の希望に満ち溢れた表情を見て、宗運の心の中には地元の人々への愛情に溢れているのだと、辰之助は理解する様になった。 ――好きでなければ、あれほど迄に役目に奔走することは出来ないであろう。 (――だったら、今の俺には…何が出来るんだろう?) 辰之助は、これからについて、今まで以上に真剣に考え始めた。 司法や経済、書道に興味を持ち、雨の日も晴れの日も読み書きに励んだ。 寺小姓としての日々の務めも忠実にこなし、寺院からの評判は上々だ。 ――最も、食べる時の豪快さに対する評判も上々であった。 育ち盛りなのだろう。 一方、悲しみの淵から立ち直った甚助は、前以上に武道に邁進し、鍛練に励む様になった。 悲しみを打ち払うかの様に木刀を振る日々だ。 小柄であった身長は、いつの間にか成長し、兄に追い付く程になっていた。 兄と弟は困難を乗り越え、また一歩大きく成長しようとしていた。 ここで、二人の友人達の消息へと視点を移そう。
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