第1章 苦悩

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 ブツブツと絵に語りかけ、徐々にやつれていく夫の姿を見て、妻は絵の処分を勧めた。  だが相模はどうしても絵を手放す気になれない。  手放せば執筆中の作品が頓挫する。  その考えが相模を縛り付けていた。  全くアイデアが生まれなかった半年前。気晴らしに青空市に足を向けた。  相模はこの絵を初めて見た時、突然アイディアが沸いた。  それは『呪われた絵』の物語。  その場で絵を購入し、相模は急いで書斎に飾った。  そして机に向かい、万年筆を走らせた。  久し振りの高揚感と満足感。  夕食の席では饒舌な相模を、妻も娘も喜んだ。  だがそれも書けている間だけ。  段々と相模の口数は減り、丸まった原稿用紙が部屋を侵し始める。  扉の向こうから料理をする音やテレビの音が聞こえてくる。  相模は絵の下に膝まづき、カリカリと壁を爪で引っ掻いていた。  ビリッ  とうとう壁のクロスが破けてしまう。これで何度目だろうか。  いつもならそこで止める相模だが、今回は指先に力を込め、そのままクロスを引き剥がす。  無惨な姿になった壁を眺めて相模は思った。 (足りないんだ。俺には狂気が足りない)  相模は壁の絵をもう一度見る。  男は変わらず白い歯を剥き、白い目で相模を見返していた。 (行動しろ。感じるんだ……じゃないと書けるわけない)  相模は覚束無い足取りで書斎を出ていった。  何かに取り付かれたように。
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