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ブツブツと絵に語りかけ、徐々にやつれていく夫の姿を見て、妻は絵の処分を勧めた。
だが相模はどうしても絵を手放す気になれない。
手放せば執筆中の作品が頓挫する。
その考えが相模を縛り付けていた。
全くアイデアが生まれなかった半年前。気晴らしに青空市に足を向けた。
相模はこの絵を初めて見た時、突然アイディアが沸いた。
それは『呪われた絵』の物語。
その場で絵を購入し、相模は急いで書斎に飾った。
そして机に向かい、万年筆を走らせた。
久し振りの高揚感と満足感。
夕食の席では饒舌な相模を、妻も娘も喜んだ。
だがそれも書けている間だけ。
段々と相模の口数は減り、丸まった原稿用紙が部屋を侵し始める。
扉の向こうから料理をする音やテレビの音が聞こえてくる。
相模は絵の下に膝まづき、カリカリと壁を爪で引っ掻いていた。
ビリッ
とうとう壁のクロスが破けてしまう。これで何度目だろうか。
いつもならそこで止める相模だが、今回は指先に力を込め、そのままクロスを引き剥がす。
無惨な姿になった壁を眺めて相模は思った。
(足りないんだ。俺には狂気が足りない)
相模は壁の絵をもう一度見る。
男は変わらず白い歯を剥き、白い目で相模を見返していた。
(行動しろ。感じるんだ……じゃないと書けるわけない)
相模は覚束無い足取りで書斎を出ていった。
何かに取り付かれたように。
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