魔法なんてないこの毎日が

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魔法なんてないこの毎日が

 ことことと、沸騰したミルクパンがわたしを呼んでいる。わたしはぱっと本の世界から出てきて、台所へ向かう。魔法を使う女の子なら、あっちの塩をとって、そっちのお味噌をとって……いや、この世界にお味噌なんてないか。まだ半分本の世界にいるわたしは、諦めて現実世界の鍋を見つめる。蓋をあけると、お出汁のいいにおいがふわっとたちのぼる。 「あち」  熱くなった蓋を脇に置いて火を止めて、お味噌をとく。透き通った大根が、くるくるとおはしの周りを回る。  と、テーブルの上の携帯電話がぷるぷると震えた。お玉と菜箸をそのままに、わたしは急いで手を伸ばす。 「もしもし、亮くん?」 「ああ亜未? ごめん、急に飲み会になったから遅くなる」  また飲み会? の最初のまを飲み込んで、そう、気をつけてね、とつとめて綺麗な声で言った。電話の奥から知らない男の声がして、返事もなく電話が切れた。 「ごはん作ったのにな」  わたしは残りのお味噌を乱雑にときいれ、再び蓋をしてエプロンを脱ぎ捨てた。ソファに戻って続きのページを開く。あの人はどうせ、日付が変わるまで帰ってこない。
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