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アツシの目に映ったのは昨日のような楽しげな教室ではなかった。
「もっと口開けろよ。」
「暴れんな偉そうに!!お前に拒否する権利なんてねぇんだよ!!」
「言う通りにしたほうがラクになれるよー?」
男の子たちの信じられないような言葉が教室に響く。
アツシの目に映ったもの、それは一人の男の子を取り囲んで笑っているクラスメイトの姿だった。何人かでその男の子の手足を掴み、バケツに入っていた雑巾を口に押し込めようとしている。男の子は必死に抵抗しているが、自由がきかない。そして雑巾から垂れる水が今にもその子の口の中へ入りそうになった時。
もう耐えられない、とアツシは大声で怒鳴った。
「な、何しとんねん!!嫌がってるやん!!」
アツシの声に振り返るクラスメイト。その瞬間、あの男の子と目が合った。それが後にZillのヴォーカリストとなる、桐谷ケイだった。始めて見たケイは汚い破れた服を着ていて、ぐちゃぐちゃに乱れた真っ黒な髪の毛の間から、揺れる瞳でアツシを見つめていた。
この子、いじめられてるんだ…
一瞬にして分かった。これがイジメ以外の何だと言えるのだろうか。必死に涙をこらえ、暴力に耐えるケイ。今にも吐き気のしそうな光景だった。
バシャッ
アツシに邪魔をされた男子達はバケツの中の水をケイにぶちまけた。
「お前昨日も風呂入ってねぇんだろ。臭ぇ。」
「パパとママにも嫌われてんだって?桐谷、居場所ねぇな。」
パシッ
「センコー来るまでにちゃんと拭くんだぞ。」
「チクッたらブッ殺すからな。」
ケイにぞうきんを投げつけ、薄ら笑いを浮かべながら男子達はアツシに近づいてきた。
「み、みんな、なんでこんな事してんの!?こんなん…イジメやん!!」
すると男子の一人がアツシにそっと耳打ちをした。
『害虫駆除。』
ゾッとした。こんな恐怖に襲われたのは初めてだったかもしれない。イジメを自分の目で見るのも初めてだった。アツシの体は硬直し、ただただケイを見つめるしかなかった。
髪から水滴がしたたっている。服も上履きも何もかもびしょ濡れだ。だがケイは言われた通り、床に広がった汚い水を拭き続けていた。
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