さようなら、いとしいひと

10/12
116人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
 それだけが救いだと、遺伝子上の父は苦しげに呟いていた。 「みんな同じなら、卓也くんと一緒になってもいいじゃない!」 「さやか」 「誰も知らないのに! どうしてっ!」 「さやか!」  叫んで肩を震わせるさやかを、あらゆる理性の制止を振り切って、抱き締めずにはいられなかった。  馴染んだ温もりに、心の内が蕩けていく。  君が愛しいと、声なく囁く。  抱き締めた場所から、低い嗚咽がもれた。  DNA鑑定の結果を前に、聡明な彼女は、すぐに事態を理解した。  だが。  最後まで婚約解消することに、苦しんでいた。  誰も悪くなかった。  医学生だった時代、恵まれない人のためにと、無償で精子を提供したさやかの父親も。  子どもが欲しくて、その精子を利用した僕の両親も。  医者となりさやかの母親と出会って、結婚してさやかが生まれたことも。  何も悪くないのに――  どうしてそれが、悪いことになるのだろう。  僕らは何も知らずに出会って、一目で恋に落ちた。  抗いがたく、魂が惹かれる。  それは血のせいなのか、さやか自身を愛しているのか、僕には解らなかった。  ただ。  一緒には、なれない。  それだけは、理解出来た。  だから――二人で会うことを、これで最後にしようと決めた。     
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!