あたらしいまち

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とある大都市の廃墟じみた建物の中、割れた丸メガネをかけた男が、美しい細工が施された大きなグラスを掲げる。 そのグラスには蓋がされており、グラス同様に蓋にも、美しい細工が施されている。 肝心の中身は、鮮血でいっぱいだ。 かつてこの鮮血を体内に巡らせていたヴィムという青年は、既に砂と化してこの世にいない。 「さて、どうしようか……」 丸メガネの男……、古本屋は、グラスを裸電球にかざす。 グラスをかざしたまま、目線はあちらこちらと落ち着かない。 目線の先は、古本ばかり。 彼の目線は、1冊の本に止まる。絵本の背表紙を、じっと見る。 古本屋はグラスを置くと、絵本を手に取った。 絵本のストーリーはこうだ。 お金持ちの家に産まれたひとりの少年は、寂しさを覚えた。 常に人に囲まれているが、彼らは少年ではなく、少年の家柄にしか興味がないと分かっていたから。 ある事を閃いた少年は、必死に様々な勉強をした。街にも、頻繁に出歩いた。 そして時が経ち、少年は青年になる。 青年は今まで貯めていたお小遣いと、良心を痛めながら家族から盗んだお金。 最小限の衣服と、彼が必要だと思った本を持って家出をする。 青年は何も無い土地を買い、小さな村を作った。 最初の村人は、家無き者と虐待され続けた弱者。 青年は村人達が喧嘩をしたら仲裁に入り、誰かが体調を崩したら診察して、薬を与えた。 村人達は青年に感謝し、青年は欲しかった幸福を手に入れる。 古本屋の、お気に入りの1冊でもある。 「そうだ、街を作ろう」 古本屋は無邪気な笑顔で言うと、足元に置いてある黒革のトランクケースを開けた。部屋を埋め尽くす古本達は、棚ごとトランクケースに吸い込まれていく。 トランクケースは更に机や椅子、その他調度品も吸い込んでいく。 鮮血が入ったグラスも、トランクケースに飛び込もうと宙を浮く。 「おっと」 すんでのところでグラスをつかむと、古本屋は足でトランクケースを閉めた。
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