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何も言い返せなかった。
子供だった私は、
ただ楽しい方へと流れていただけで。
先のことなど何も考えていなかったのだ。
啓太くんにも未来が有って、
もしかして新しい家庭を作るかもと。
両親という身近な例を知っているクセに、
それを敢えて見ないフリをしていた。
「分かったよ、お母さん。
もう啓太くんとは会わないようにする」
それは私にとって死刑宣告に近かったが、
父が亡くなった時のように
時間が解決することも知っていたので、
その足で啓太くんに
もう会わないと告げに行く。
「…ったく面倒臭いよねえ、
何でもかんでも恋愛に繋げようとしてさ。
そうじゃない人間も世の中にはいるのに」
「うーん、でもまあ、仕方ないよ。
ほら、唯ももう子供じゃなくなったし…」
何となく気まずくて、
相変わらず散らかったその部屋を
片付けながら私は一方的に喋りまくった。
すると。
「痛っ!ああ、もうっ。
どうしてここに切った爪が落ちてるの?
踏んじゃったじゃない!!」
「わあ、唯、大丈夫か?!」
靴下を脱いで座り込んだ私の足を、
啓太くんは自分の膝に乗せ優しく撫でる。
そしてスカートから覗く太腿を一瞬見て、
驚くほど真っ赤に頬を染めたのである。
いつもなら笑って済ます場面のはずが、
どうしても笑うことが出来なくて。
ふと、心の奥がジリジリと焦れるような、
もどかしいような不思議な感情に気付く。
その感情が何かも分からないまま、
私達は距離を置くことになってしまった。
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